「なあ、今回は本当にすまなかった。俺達もう一度やり直さないか?」
好未(このみ)のスマホからは元婚約者である勇飛(ゆうひ)の声が聞こえてくる。
勇飛は必死に謝り、復縁を望んでいるが、好 未はもうやり直す気にはなれなかった。
「ごめんなさい、もう勇飛とやり直すのは無理」
好未は言った。

勇飛とは三年同棲しており、ようやく結婚という流れになった。結婚式はあげないが両家の両親には挨拶を済ませており、好未の誕生日に入籍しようと決めていた。
しかし入籍の二週間前に、婚約を解消する出来事が起きた。好未が仕事で帰りが遅くなった夜だった。玄関には女の靴があり、気になったので好未は寝室に向かった。
そこには勇飛と知らない女が一緒に寝ていたのである。
その後、勇飛はあっさりと浮気を認めた。女とは職場で知り合ったという。女との関係は一年以上続いており、好未が仕事で帰宅が遅いことで寂しさを感じ、女に寂しさを埋めてもらっていたのだ。
好未はショックを受けた。他に女を作る勇飛とは結婚はできる気がしなかった。勇飛は好未に女とは別れると言って謝罪はしたが、許せる気がしない。
好未は婚約を解消し、慰謝料を請求することを勇飛に伝え、そのまま実家に帰った。
事情を聞いた両親は好未を温かく受け入れてくれ、勇飛の行為には怒りを露にしていた。
好未の父親が、勇飛の両親にも連絡をしたので、好未の実家には勇飛とその両親が今回の件で謝罪しに来た。勇飛の両親は自分がしっかり見張って勇飛に慰謝料を払わせることを約束してくれた。

しかし、勇飛からしつこく復縁を迫る連絡が度々来たのでいい加減うんざりしていた。しかも今も。
浮気したとはいえ、好未が一番大切だと言うが、信用できない。
一度壊れた関係は元に戻せない。
「もう今後は一切連絡してこないで、勇飛のことは信じていないから、あと慰謝料も指定された口座にしっかり払って」
好未は強めの口調で言うと、通話終了のボタンを押した。
そして勇飛の連絡先を着信拒否した。

何かあっても、勇飛や勇飛の両親に好未の実家の電話番号を伝えてあるので問題ない。

夕食の時に好未は勇飛からの電話のことを話した。
「そんな事があったの」
好未の母は表情を曇らせる。
勇飛から度々連絡が来ていたことを両親には伏せていたが、着信拒否をしたことで話そうと決意したのだ。
「まあ、もう連絡することは無いけどね」
好未は言った。
着信拒否をしなかったのは、好未に対し勇飛から必要な連絡が来ることを考えてのことだった。
さっきも必要な手続きのことで連絡のはずが、復縁を口に出してきてきたのだ。手続きは今回の連絡で終わったので、もう勇飛と連絡をすることはない。
「父さんは好未が傷つくと思って言わなかったが、勇飛さんとの結婚が白紙になって良かったと思ってる
挨拶の際にも思ったが、勇飛さんは信用できないと感じたよ」
好未の父は言った。
父の言うことは一理あった。勇飛の浮気が結婚前に分かり、別れたことでダメージが少なく済んだのだ。
これで良かったのかもしれない。
「……しばらく恋愛はお休みして、仕事に専念しようかな、今回のことで懲りたし」
好未は言った。
幸いにも好未の職場はここからでも通える。今回の件を職場で仲の良い同僚に話したら慰めの言葉をくれて、少し心が軽くなった。
「今度の休み、チーズケーキを作ってくれ、また食べたいから」
好未の父は明るく言った。
好未はお菓子作りが趣味で、特に好未が作るチーズケーキは父が好きなのだ。
「分かった。作るね」
好未は朗らかに返した。

好未は婚約解消という痛手を負ったが、少しずつでも前に進もうと決めた。


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