「誕生日おめでとう、これはプレゼントだよ」
少女の兄は、少女に桃色の箱を手渡す。
「開けてもいい?」
「勿論だよ、お前が気に入るものだよ」
兄に促され、少女は桃色の箱を開くと、中にはエメラルドのブローチが
輝いていた。
少女がずっと前から欲しがっていたものである。
「きれい……」
感激して、少女は胸にブローチをつけた。
「流石は我が妹、似合っているな」
兄は口元を両端に上げた。
「兄さま有難う、大事にするわ」
微笑を浮かべ、少女は兄の体に手を回した。
兄は照れ笑いを見せた。


―――あんな事がなければ
今の自分はとても幸せだったと思う。
兄さまとの時間も続いていただろうし、私も違う人生を歩めただろう。


雷鳴が轟き、冷たい雨が大地に降り注ぐ。
少女は目の前で起きた惨劇により、両手を体に抱えたまま全身が硬直していた。
少女が着ている桃色のスカートも、兄から貰ったブローチも雨に濡れて台無しになっていた。
「君は運が良いね」
少女の兄の屍を蹴り、黒マントの男は、少女に近づいてきた。
雷が光り、少女の顔だけでなく、男の服や剣についた返り血を映し出す。
そう、兄が生きていた証しが……
「今回は君のお兄さんを殺すだけだったし、君にまで害が及ぶ事はないよ」
男は少女の頬に手を当てる。少女は極度の緊張のあまり、声が出ない。
……何で兄さまを殺したの?
その一言が出ない。
目の前に元凶がいる。頭では早く言わなければいけないのは分かっているが、体が追いつかない。
「感謝するんだね、自分の命が助かったただけでも」
再び稲光が走り、マントの下に隠れた男の冷酷な眼差しが、少女の脳裏に焼きついた。

「いやあっ!」
悲痛な叫び声を上げ、少女は飛び起きた。
心臓が早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。
少女は顔を両手で覆った。
「兄さま……」
少女は瞳から涙を流した。日々の忙しさに身を埋めても、美味しい料理を食べても、悪夢が消えることはない。
少女が住んでいる家はとても裕福で、何不自由しない生活だったが
兄を失ってから生活は大きく変わってしまった。母はショックのあまり寝込んでしまい、父は仕事に手がつかなくなってしまったのである。
今は少女が頑張らなければ、生活は成り立たないのだ。
「どうして死ななければならなかったの……?」
少女は囁く。
あの日、兄が死ななければ、悲しい思いをしないで済んだのに。
家族の幸せがずっと続くはずだった。
元を考えれば、兄を殺した男が全ての原因。
彼が憎い、見つけだして兄と同じ目に遭わせてやりたい。
いや、先に兄をどうして殺したのかを聞きたい。それからでも遅くはない。
長い月日が流れ、少女の心は怒りと憎悪で満ち溢れていた。

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