プール騒動の翌日には、ブル逹は釈放された。迷惑をかけたとはいえ、怪我人がいなかったことも幸いしてだ。
ただし罰として、一週間のプール掃除を言い渡された。その間罰を受けているユラから手紙が届き、プール掃除がきついことが記されていた。
リンが言ったように反省して欲しいとラフィアは思った。

自室で宿題をしていると、ノック音がした。
「ラフィ、今大丈夫?」
外からリンの声が聞こえた。
「平気、入っていいよ」
ラフィアは明るく言った。扉が開きリンがラフィアの部屋に入ってきた。
リンはラフィアに一枚の封筒を差し出した。
「ラフィ宛に手紙だよ」
「誰から?」
「ブルからだよ」
「ブル君が?」
意外な人物からの手紙にラフィアの声は上擦った。ラフィアはリンから封筒を受け取る。
「気を付けて、イタズラが仕組まれてるかもしれない」
リンは忠告した。ユラが送ってきた手紙にも開けた瞬間、花吹雪が出るイタズラが仕組まれていたからだ。
「う……うん、ってリン君も見るの」
「イタズラがあったら大変だからね」
ラフィアは生唾を飲み込み、恐る恐る封筒に手を当ててゆっくりと開く。
中から何かが飛び出してくるかと思ったが、一枚の紙が入っているだけだった。
ラフィアは紙を封筒から取り出して、広げる。そこには乱れた字で文章が書かれている。
「リン君、悪いけど後ろ向いてて、これはブル君がわたしに宛てた手紙だから」
「……分かった」
リンはラフィアに背を向けた。
『ラフィア先輩へ
この前のプールでの件はすみませんでした。反省してます。
疲れた様子でしたが具合は大丈夫ですか? オレのせいかな思ってますので心配です。本当にごめんなさい。

プールでの告白の返答は登校日の際に聞きたいのですが、良いですか
手紙の返事をお待ちしています』
文面からして、ブルが反省してるのとラフィアのことを気遣っているのが伝わってくる。
「何が書いてある?」
「この前のことを謝ってるよ」
ラフィアは最後の文のことは伏せてリンに言った。
「ブル君、根は悪い子じゃないと思う」
ラフィアは思ったことを口にした。イタズラは誉められたことでは無いが、文面を読んで単なるイタズラっ子ではないと感じた。
「そうだと良いけど」
リンは疑うような口ぶりだった。起こした事が事だけに仕方がないが。
「ごめんねリン君、ブル君に手紙書きたいから一人にしてくれるかな」
「分かったよ」
リンは察してラフィアに背を向けたまま、部屋を後にした。
ラフィアは便箋とペンを手にとり、手紙を綴り始めた。
『ブル君へ
お手紙有難う、分かってると思うけど、あんな事は二度としないでね。
体調の方はもう大丈夫だから。

ハロウィンの事も、本当のことを言うと、お土産のクッキーを黒天使から守ることが精一杯で、実際はハザックさんっていう特殊部隊の人が倒したの。ユラくんの話はデタラメだから忘れてね。

告白の返事は登校日までにちゃんと考えるから、暑いから体には気を付けてね 』
ラフィアは文を読み返し、問題がないと判断すると、家を出てポストに投函した。

登校日。
ラフィアはブルに呼び出され、校舎の裏に来ていた。
「ブル君、治安部隊の人に何かされなかった?」
「大丈夫でしたよ。怖そうな人がいましたが、ラフィア先輩が言ってくれたお陰で痛い思いはしませんでした」
「なら、良かったよ、気になってたから」
ラフィアはブルが手痛い仕打ちを受けてなくてほっとした。
「ブル君」
ラフィアの声色は真面目になった。
「この前の返事の事は考えたよ、好きだって言ってくれて、ブル君にどう答えようかって……そして一つの結論が出たの」
ラフィアの両手に力が入り、緊張のため口の中が渇く。
言うのが少し怖いが、お互いのためにも伝えなければならない。
「ごめんなさい! ブル君とはお付き合いできないです!」
ラフィアははっきりと言い切り、ブルに頭を一回下げた。
「来年の一人前の天使になるテストの準備とかで忙しくなるから、ブル君と上手く付き合えるか自信がないの」
来年ラフィアは十五歳になる。十五歳になると、一人前の天使になる資格があるかテストを受けるのだ。
テストは何回か受け直せるらしいが、一発で合格している者がほとんどで、できればラフィアも一発でテストをパスしたいと考えている。
「だから……ごめんね」
ラフィアは再度謝った。
しばらくの間沈黙が流れた。交際を断ったので無理もないが。ラフィアがブルとの付き合いに自信が無いのは本当である。テストだけでなく六歳以前の記憶がなく、もし記憶が戻り別人格になったらブルを傷つけてしまうと考慮してのことだ。
沈黙を破ったのはブルだった。
「……分かりました。ラフィア先輩がそういうなら仕方ありませんね」
「ごめん」
「謝らなくていいです。返事を聞けて満足ですから」
ブルは声色は清々しさを感じさせる。
「けど、今は駄目でも、オレはラフィア先輩のことは諦めませんから。オレはこれから男を磨きます」
ラフィアは自分磨きがイタズラでないことを内心で思った。
「ラフィア先輩が一人前の天使になって、相手がいなかったら、また告白しますから
もし、付き合う相手ができたらオレは身を引きます」
ブルは体を二つに折ってお辞儀をした。
「オレはこれで失礼します。ラフィア先輩の幸せを祈ってます」
ブルは言って、その場から去っていった。

「断っちゃったの?」
「うん」
「勿体ない、付き合っちゃえば良かったのに」
ラフィアは友人のマルグリットと共に喫茶店で過ごしていた。
マルグリットには自身に起きた恋愛事情を伝えてある。
「まあ、相手の子も諦めて無さそうだから脈はまだありそうね」
「そうだけど……」
ラフィアは紅茶の砂糖をかき混ぜる。マルグリットはラフィアをまじまじと見つめた。
「アンタも女磨いた方が良いわね。お洒落とか、肌のケアも大切ね。がっつり君と付き合うかは別にしてね」
マルグリットは熱く語る。マルグリットには同じクラスに恋人がいるので、自身を磨くことは怠らないのだ。マルグリットに恋愛事情を伝えたのもそのためだ。
マルグリットの意見は女として確かに欠かせない要素である。マルグリットのいう"がっつり君"とはブルのことだ。マルグリットは恋人を除き異性を変な呼び方をしている。
「えっ……」
「そうと決まれば、即行動よ、早く飲み物飲んじゃいましょう」
マルグリットはオレンジジュースを飲みきった。
「本当に行くの?」
「当たり前でしょ、時間は待ってくれないんだから」
一度火がついたマルグリットを止めるのは無理なのを知っていた。マルグリットに付き合うしかないと諦め、ラフィアは紅茶を飲みきった。
会計を済ませ、喫茶店の外に出るとマルグリットは口を開いた。
「それでは、ラフィを女らしくしよう作戦を始めるわよ」
「う……分かった」
ラフィアは乗り気ではなかったが返事はした。
ラフィアはマルグリットと共に、肌のツヤを良くする薬や、服を見たりした。服は買えなかったが、薬はマルグリットが買ってくれた。ラフィアは後で払うと言ったが友達のためと言い、気にしていなかった。

その後の夏休みの過ごし方は、宿題と肌ツヤ作戦(マルグリットがつけた)をしつつ過ごした。努力のお陰か肌のツヤも良くなり、リンやリンの母親であるロウェルがラフィアの変化に驚いていた。
ラフィアにとって、十四才の夏休みは後輩に告白をされたり、自身の美容をしたりと色んな意味で忘れられない記憶として刻まれた。


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