カーテンを締め切り、ロウソクで明かりが灯る部屋で、コンソーラは人形を作っていた。
「ふっふふ……」
コンソーラの表情はどこかうっとりしていた。それもそのはずだ。彼女の手にある青髪の少女の人形はコンソーラにとって大切な人物だからだ。
「今、羽根をつけてあげますからね」
コンソーラは少女の人形に語りかけて、背中に白い羽根を一本一本つけていった。
この作業には慣れており、羽根はあっという間に背中につけ終える。
青髪の少女は青髪の天使になった。コンソーラは青髪の天使の人形を両手で優しく抱き抱え、頬に当てる。
「ああ……ラフィアさん、ラフィアさんに会うのはまだ先ですけど、私はあなたのことを常に想ってますよぉ」
コンソーラは言った。
天使であるラフィアには命を救われたので、ラフィアには恩を抱いているのだ。よってラフィアのことを忘れないためにも、そして想っている証拠のために、ラフィアによく似た人形を休日に作っているのだ。
「早くあなたに会いたいです。それまで元気でいて下さいねぇ、一人前の天使になるのを楽しみにしてますよぉ」
コンソーラは立ち上り、人形を置いている棚に、新しく作った人形を置いた。
コンソーラが作ったラフィアの人形はこれで五百九十九体となった。
「あと一体作れば六百ですか……良いことありそうですね」
コンソーラは嬉しそうに言った。

天界にいる当の本人のラフィアは背筋に寒いのを感じた。
それはコンソーラの行き過ぎた自分への想いだということは知らなかった……

一方、村外れにある草原では、ベリルと彼の友人であるグシオンの呪文訓練に付き合っていた。
グシオンは雷と氷の呪文を宙に浮いていたベリルに向かって交互に放ち、ベリルは呪文をかわした。
グシオンの呪文は止まることはなく、次に炎の玉を複数放出した。玉の大きさにはばらつきがあり、ベリルは回避するのに一苦労した。炎がベリルの黒い羽根の一部に当たって焦げる。
「大丈夫か?」
地上にいるグシオンが心配そうに声をかけてきた。
「問題ねぇよ、ちょっと油断しただけだ!」
ベリルは威勢よく返した。複数の玉を大小にして放つのは戦略的にはあるやり方だ。
次に行こうかと思った矢先だった。地上にいるグシオンは「はぁ……はぁ……」と苦しげに息をしている。一時間は呪文を放ち続けていたのだから疲れるのも無理はない。加えてグシオンには呼吸系の持病もあるので、訓練が許可されたと言っても、あまり無茶をさせると病気が悪化しかねない。
ベリルは地上に降り立ち、グシオンに駆け寄る。
「オマエの方こそ大丈夫かよ」
「俺は平気だ」
グシオンは腰に携えている薬を取り出し、口の中に放り込み、水筒の水を飲んだ。
少しすると薬の効果がでてきたようで、呼吸の乱れが無くなった。
「さあ、続きをしようか」
「……いや、今日はこれで終わりにしよう、何かあってからじゃ遅ぇからな」
ベリルは強く言った。前にも呪文の訓練でグシオンが倒れたことがあったからだ。
一命はとりとめたから良かったがそれ以来、グシオンの体調には一層気を遣うようにしている。
「……分かった」
グシオンもベリルの言葉に渋々といった感じで従った。

草原から木陰に移動し、二人の少年は腰かけた。
「ほら、やるよ」
グシオンが水筒をベリルに差し出してきた。
「お、サンキューな、丁度喉が渇いてたんだ」
ベリルは水筒を受け取り、水を飲む。喉の渇きが水により癒されているのを感じた。
「俺の分もとっておけよ」
「言われなくても分かってるさ」
ベリルは言った。水はグシオンが薬を飲む時に必要だからだ。なので残しておかないとならない。
中身が残っていることを確認し、ベリルは水筒のフタを閉め、グシオンに渡した。
「助かったぜ、グシオン」
「思ってるなら、水筒くらい自分で用意しろよ」
「……きつい事言うなって、オレの家事情知ってるだろ」
ベリルは少し傷ついた。ベリルの家庭は母親一人で支えており、経済的に厳しい状況である。
父親はベリルが幼い頃に亡くなっているので頼ることは不可能だ。
よって物一つ母親に頼んで買ってもらうのは気が引ける。
「……そうだったな、悪かったよ」
グシオンは謝罪して、口調を柔らかくした。
「いや、分かってくれれば良いって」
ベリルは慌てて言った。
ベリルもグシオンも悪気があった訳ではないのは理解しているのだ。
話の流れを変えるべく、ベリルは「そうだ」と明るい声で口走る。
「今日のオマエの呪文凄かったな、あれなら来年の計画にも参加できるぜ」
計画は天界内に侵入してある事を行うのだ。戦闘経験も豊富なことからベリルの参加も決まっている。
「冗談だろ、ベリルは戦闘力があるから分かるけど、俺はからきしだぞ」
「直接天使と戦わなくても、間接的に援護する位ならオマエにもできるだろ」
ベリルはグシオンを励ますように言った。
しかし、グシオンは良い返事をしなかった。
「……気持ちは嬉しいけど遠慮するよ、薬があるとしても発作が起きたら迷惑かかるから」
グシオンの声色は暗かった。
グシオンの体調を考慮して、作戦の首謀者であるイロウはグシオンの不参加を認めている。
「オマエがそう言うなら仕方ねぇけどな」
ベリルは残念そうに言った。
グシオンが呪文で天使に攻撃を浴びせ、そこに自分が短剣で斬り込む。そんな想像が浮かぶ。
口には出さないが、グシオンの呪文は贔屓せずに見てもコンソーラより威力はある。なのでグシオンが計画についてきてくれると嬉しいが、当の本人がその気が無いなら無理強いはできない。
「ところでさ」
「何だよ」
「コンソーラは連れて来なかったけど、どうしてだ」
グシオンは声色を改めて、訊ねてきた。
コンソーラは付き合いが長い友人で、
戦闘力は高くないが、事情があり計画に参加することが決まっている。
「あーアイツは昨日訓練したしな」
ベリルは頬をかいで「それに」と続ける。
「今日はそっとしておいてやりてぇんだ」
ベリルは深くは言わなかった。
訓練でなくてもコンソーラを連れてくることはできるが、コンソーラにも一人になる時間は必要だ。これはベリルなりの気遣いである。
今頃コンソーラは一人で部屋にこもって人形を作っていることだろう。ベリルはついていけないが、コンソーラが好きならそれで構わないと思っている。
「これから、リバー川に水遊びでもするか、今日は暑いしな」
グシオンは提案した。リバー川は村の外れにあり、飛んでいかないと遠い所にある。
「おっ、そいつはいいな、楽しそうだぜ」
ベリルはワクワクした気分になった。水遊びは男二人でないとできないことだ。グシオンもその事を理解してのことだ。
ベリルは立ち上り、軽く運動をした。
「リバー川までどっちが早く行けるか競争しようぜ!」
「……ベリルはすぐに競争したがるな」
立ち上り、グシオンは呆れたように言った。
「早く飛ぶくらいなら、オマエにもできるだろ」
「まあな、俺も負けるつもりで飛ぶ気はない」
「言っとくけど疾駆の呪文はなしだぜ」
疾駆の呪文は素早く飛ぶ際に使用する。
「分かったよ」
「構えろよ、いちについて……よーい」
ベリルの掛け声に、グシオンは黒い羽根を広げる。
友人が広げたのを見ると、ベリルも広げた。
「スタート!」
ベリルが威勢良く言い切ると、二人はほぼ同時に空へと舞い上がった。
二人の少年は川に向かって光のごとく飛んでいった。

黒天使の夏休みはまだまだ続くのであった……


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