「スピカ」
聞き覚えのある低い声に、スピカは瞳孔を開いた。
声がした方角を向くと、紛れもなく、クラウの姿があった。
「先……輩……」
スピカは言葉を詰まらせる。
もう一度会いたいと望んでいた人が近くにいる。
それだけで嬉しかった。
「先輩っ!」
スピカは思わず駆け出し、クラウを抱き締める。
「会いたかったです……」
感激のあまり、スピカは涙を流した。
クラウがスピカの頭を撫でた。彼の手の感覚が伝わってきた。
「ここは君の夢だ」
クラウは静かに語る。
「夢でも……先輩に会えて嬉しいです」
スピカは鼻をすする。
クラウと再会して、話せただけでも感無量だった。
「スピカ、よく聞くんだ」
クラウは静かに言った。
「もう少しだけ、こうしてたいです」
スピカはクラウに触れ合いつつ、囁く。
クラウとの時間を堪能したいスピカにとっては、僅かであっても、この一時が幸せだった。
クラウを失って、改めて彼の存在の大切を噛み締めた。
もう手に届かない場所に行ってしまったのが悲しかった。
クラウはスピカの気持ちを察し、黙っていた。
「もう……いいか?」
沈黙を破ったのはクラウだった。
「はい、わがまま言ってごめんなさい」
スピカは薄っすらと笑った。
話したいことは沢山あったけれど、それはできなかった。
「こうして俺が君の夢に出てきたのは他でもない、君に別れを言いに来たんだ」
冷たい宣告に、スピカの表情は固まる。

会えた喜びを、凍りつかせるには時間がかからなかった。
「どうして……ですか?」
到底納得できないものだった。
好きだといってたのに、今度は別れるなど、酷なことだ。
クラウはスピカの肩に手をそっと置く。
「俺は死んで、君は生きている。
辛いかもしれないが、君にはこれからの人生がある」
クラウは複雑な表情を見せた。
「俺のことを忘れて、君にはしっかり生きて欲しいし、幸せになってもらいたい」
胸に突き刺さる言葉に、スピカは黙ってはいられなかった。
「そんな言葉を聞きたくないです……」
スピカは唇を震わせる。
「わたしは……あなたのことを忘れません……これからもずっと……ずーっと」
溢れる涙を袖で拭い、スピカは思いを口にした。
初めて恋をした相手を忘れるなど無理がある。
「あなたと過ごした時間を、忘れるくらいなら……死んだほうがマシです……」
短い間でも、クラウと共にした日々は輝いていた。
忘れることなどできない。
「生きていて先輩の側にいられないなら、今すぐ死にます……」
死ぬ、など普段なら口にしないが
スピカの精神はクラウを失ったことで弱っており、心配する友人のことなど考える余裕が無かった。
クラウは傷ついた表情を浮かべた。
「無茶なことを言って済まなかったな」
クラウは謝罪した。
スピカの反応に、気持ちが揺さぶられたようだ。
スピカは顔を上げる。
「俺のことは忘れなくていい、ただ約束してもらいたい」
「何ですか?」
スピカは目を赤くしたまま訊ねる。
「死ぬとか言うな、君を想っている人はいるんだからな、もし君に何かあったらその人たちを悲しませることになる」
クラウは力強く言った。
「君を想っている人のためにも、しっかり生きるんだ」
いつもの彼らしい発言に、スピカは安心感を抱いた。
「約束できるな?」
彼の問いかけに、スピカは
「はい」
首を縦に振って答えた。
忘れてた訳ではない。スピカには友人や先輩がいる。
クラウの一言が、スピカにとって生きる理由を呼び覚ました。
「先輩のことを忘れずに、精一杯生きます」
「よし、それでいい」
クラウがそう言った直後だった。
彼の姿が、段々と白い光に包まれていった。
「先輩……」
「君の夢が終わるんだ。だから俺も消える」
クラウは冷静に言った。
「スピカ、しっかり生きるんだ。俺の分もな」
スピカはクラウが消える直前に、言いたかったことを口にした。

「先輩、わたしもあなたが好きです!」

スピカの夢はそこで終わった。


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