空に雲が掛かる頃……
地上では一人の少女が複数の竜を相手に戦いを繰り広げていた。
少女は地面を強く蹴り、竜の喉目掛けて肉薄をかけた。次の瞬間竜は雄たけびを上げて地面に転倒した。
少女の短剣が竜に死を与えたのだ。
……これで一八体目、残るはあと二体
何度も呼吸をして、少女は竜の残りを確認する。
仕事とはいえ巨大な竜を二十体も倒すのは酷なことだ。しかし目標まで倒さないと賞金が貰えない。
少女の視界が突如として揺らぎ、足元がふらつく。
転倒しそうになった所で、どうにか踏みとどまった。
……いけない、わたしとしたことが……
戦い続けたため、少女の体には疲労が蓄積していた。
少女が油断したのを、竜は見逃さなかった。仲間の仇と言わんばかりに鋭い牙が生えた口を開き突進してきた。
突然のことで少女の体は硬直し、動かなかった。
少女は恐怖のあまり顔を強張らせる。
その時だった。
口の中に少女が入りそうになった瞬間、鈍い音がして竜は口を開けたまま動かなくなった。

影は空高く飛び上がると、月の光が一人の男を映し出す。
蒼い髪に、同じ色の瞳、そして灰色の斧が少女の視界に入った。

……これがスピカと青年・クラウの出会いだった。

 

スピカはギルドに来るなり、依頼内容が貼られている掲示板を眺めた。
ゴミ拾い、犬探し、武器製作
どれもスピカが求めているような仕事ではない。
……可笑しいな、昨日はあったはずなのに。
スピカは首を傾げる。
昨日あったはずの、闇病院の討伐が無くなっているからだ。
賞金もそれなりに良かったので、誰かが請け負ったのかもしれない。
……今日はこれだけか。
スピカは溜め息をついた。ろくな仕事が無い。
選ばなければ良いのだが、ハンスへの手がかりを探すためにも、少しでも真相に近づける仕事をしたい。
昨日の依頼は、武器代を稼ぐため、やむ得ず請け負ったのだ。
「随分熱心だな」
スピカの隣から、低い声が飛び込んできた。
振り向くと、そこにはクラウが立っていた。
突然のことに、スピカの頭は真っ白になった。
「あ……えっと……その……」
スピカは手をモジモジさせる。
「怪我は大丈夫か?」
クラウはスピカに訊ねた。
「ええ……」
スピカの目線は泳ぐ。
男友達以外に初めて異性に声をかけられて、緊張しているのだ。
「あの……き……昨日は有り難うございました」
スピカはやっとのことで声を出した。
「いや、元気そうで良かったよ、あの後、君のことが気になったからさ」
クラウは安心した様子だった。
「立ち話も難だから、近くのレストランに行かないか?
ここじゃ落ち着かないからな」
周囲を見回してクラウは言った。
ギルドは柄の悪い人間がいてゆっくりと話ができる雰囲気ではない。
誘いを断れず、スピカはクラウについていくことにした。

 

クラウに連れられて来たのは、出来たばかりの綺麗なレストランだった。
メニューに目を通す限り、高くて、スピカの収入だけでは払えない。
「あ……あの……」
クラウに声を掛けると、クラウは顔を上げる。
「ここ……高いですよ?」
「心配しなくていい、俺が払うから」
クラウは眉を潜める。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな」
メニューを下ろし、クラウはスピカを見据えた。
「俺はクラウ、君は?」
「スピカといいます」
スピカは小声で話した。
「スピカか、良い名前だな」
初めて言われることに、スピカは目をぱちくりと動かした。
「どうしたんだ? 俺、変なことを言ったか」
「ち……違うんです。そんな風に言われたの初めてで……」
恥ずかしさのあまり、スピカは頬を赤く染める。
気持ちを紛らわそうと、スピカは店員を呼び止めた。
「すみません、これを頂けませんか?」
スピカはメニューを適当に選んで指差した。
クラウはスピカに便乗し、口を開く。
「じゃあ俺も同じのを頂こうかな」
店員はメモをして、二人の前から去っていった。
「……」
それ以上言葉が出てこない。
昨日知り合った相手と食事をするなど初めてだからだ。
緊張を解そうと、スピカは水を口に含む。
「そんなに緊張しなくて良いよ」
空気を察し、クラウは落ち着いて語る。
「ごめんなさい……初対面の人と話すの慣れて無くて……」
申し訳なさそうにスピカは言った。
「クラウ先輩はその……どうしてわたしを誘ったんですか?」
スピカはぎこちないながらも疑問を口にする。
会って間もない人間を食事に誘うなど、かなり勇気がいるからだ。
「賞金稼ぎは男が多い世界だろ、女子の君が賞金稼ぎをやってるのか気になってたんだ。あれだけの竜を一人で退治していたからな」
クラウは答える。
賞金稼ぎは仕事柄、女性が少ない。
危険な仕事をする女性は、尚更目立つ。
「珍しいですよね……竜退治をする女子って……」
昨日のことを思い出し、スピカは下を俯く。
「それもあるけど、君の強さに興味が沸いたからゆっくりと話してみたいと思ったんだ」
「わたしの強さ……?」
スピカは紫色の双眸を大きく開く。
「剣術はどこで習ったんだ?」
「父から学びました」
そう答えると、クラウは軽く頷いた。
「筋の良い剣術の持ち主だったんだな、君の動きを見て分かるよ」
クラウの褒め言葉に、スピカは嬉しくなった。
教えのお陰で、幼少期に大会で優勝したくらいだからだ。
今でも父の教えを忠実に守っており、昨日の戦闘で生き延びたのも、そのお陰だと思っている。
話している間に料理が届いた。二人が注文したのは魚料理で、香ばしい匂いが食欲をそそる。
「これは美味しそうだ」
クラウは瞳をきらきらと輝かせる。
手際よくフォークとナイフを使って魚を切り、口に放り込んだ。
スピカはクラウに続いて魚を食べた。
「美味しいですね」
スピカは率直に言った。
「ああ」
クラウはそう漏らすと、スピカのことにお構いなしに魚を夢中になって食べていた。
クラウの皿はあっという間に空になり、通りかかった店員に声をかけ、おかわりを頼んだ。
見る限り、クラウが魚好きだというのが分かる。
「先輩……聞いていいですか?」
口の周りにソースをつけたまま、クラウはスピカを見る。
「先輩はお魚好きですか」
「ああ、俺の大好物だ」
クラウは即答する。
「君は魚は苦手か?」
「基本的に好き嫌いはしません」
スピカが暮らしている環境は決して裕福とはいえない。
だからこそ食べ物の好き嫌いを言ってられないのだ。
「それならいい、魚が好きな人間に悪い奴はいないからな」
自信有り気にクラウは語る。
彼の言葉にスピカの表情には笑みがこぼれた。
「俺……変なことを言ったか?」
「いいえ」
スピカは穏やかに返す。
そして口に手を当ててクラウに伝えた。
「先輩、口についてますよ」

その後、スピカはクラウとゆっくりと魚を食べ、心地よい時間をすごした。

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