『お母さん見て! 魔法でクッキー作ったよ!』
セリアはバスケットに一杯のクッキーを母に見せた。母はセリアの頭を撫でた。
『偉いわね、セリアは一人でクッキーを出せるようになったのね』
セリアの母は、娘が良い事をした時はとても嬉しそうに微笑む。
セリアはそんな母が大好きだった。
『私、お母さんにもっと喜んでもらえるように頑張るよ!』
私は人のために力を使っているの。
ただそれだけなの。
「……!!」
セリアは地面に転がる猫の屍を見て、顔色が真っ青になった。
セリアが長い間ずっと可愛がっていた猫で名前はチロ、友達の少ないセリアにとって唯一の友達だった。
チロの頭からは血が流れ、瞳は見開いたまま、息絶えていた。
「どうして……」
震える手でセリアは冷たくなったチロの体を抱え、そっと胸に寄せる。
チロの柔らかな毛が、セリアの肌に伝わる。
「ごめんね、私に関わったばかりにお前に苦しい思いをさせて…… 」
セリアは緑色の双眸から涙を溢し、チロの瞳を右手で閉じた。
チロが自分になついたり、鳴いたりすることは永遠にない。
チロを殺したのも村人だ。そうに違いない。セリアは村の中で唯一魔力を持っているため村人から嫌われている。
セリアが魔力を持ったのは生まれた時からで、亡き母から引き継いだのだ。
だが、セリアは魔法で誰かを傷付たことは一度もない。
しかし村人の目は冷たく「魔女がいると呪われる」や「魔女の子供は出て行け」などと毎日のように罵られる。
幼い頃からセリアは村人から迫害を受け続けていて、その唯一の慰めとなっていたチロを失い、セリアの心は深い悲しみに落ちた。
だが、セリアの心に更に追い討ちをかけるように、複数の石が飛んできた。
「お前なんか死んじまえ! この薄汚い魔女め!」
「消えろ!」
セリアはチロの屍を庇いつつ、石と罵声の雨を避けて、その場から離れた。
村の外れにある森の中で、セリアはチロを土の中に埋め、祈りを捧げる。
体中は石がぶつけられたことよって痛むが、構ってはいられない。
自身が受けた痛みよりも、チロが何度も痛い思いをして理不尽な死を遂げた事の方がもっと痛かった。
「チロ、今度生まれ変わる時は、誰にも傷付けられない場所に生まれてね」
セリアは涙を拭き、そっと立ち上がった。
空は薄っすらと太陽が出ているが、心が苦痛に侵食されたセリアにとってどうでも良い事だった。大切な支えを失ったセリアの心を晴らす事など神様にできない。
ふらついた足取りでセリアで、チロの墓を後にした。
瞳からは何度も涙が流れるが、セリアはもう拭く気力さえ残っていなかった。
再び村に慰めを探すことなど困難である。
村にあるのは、自分と母が住んでいた家と迫害する村人だけ。十四歳になる今に至るまで一度たりとも人間らしい扱いを受けたことなどない。
差別をやめるように母は努力したものの、村人の心には届かず、母はセリアの目の前で村人達によって処刑された。
今でも母の死に際の断末魔が夢に出てくることがある。
なぜ自分が誰にも持っていない力を持っているために、迫害されなければならないのか?
普通の幸せを許してくれないのか?
その答えを教えてくれる人間はいなかった。
セリアは川に着いた。川の流れは早く落ちたらひとたまりも無い。
腰まで伸びきった金髪、ボロボロの服、傷だらけの腕や顔が映る。
死ぬには惨めだったが、誰にも見つからないで死ねるのならば、構いはしなかった。
「お母さん……私はもう……生きるのに疲れたよ……」
セリアは瞳を閉じ、何の躊躇いもなく川へと落ちた。
自分を産んだ母を憎んではいなかったが、チロを失い、生きる気にもなれなかった。
水の中で意識は段々と遠のき、最後は暗闇の中に沈んでいった。
―――ごめんねお母さん
私に生きてて欲しいの分かっていたけど
私にはできなかったよ……
私は弱いから、強くないから……
今度生まれ変わる時は
空気になりたいな。
誰も傷付けないし。虐められたりしないから。
もう、人間として生まれ変わることだけは嫌だ。
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