暗闇に包まれた獣道を櫻庭翔太(さくらばしょうた)は疾駆する。
空中にいる幼馴染を救うために。
「あけみん、なんて無茶なことを」
翔太は言い知れない不安を抱き、森の中に突入する。

明美は単身で空に突然現れた白い生き物と戦っていた。
白い生き物を倒さなければ、キャンプファイヤーに白い生き物が落下し、イベントは滅茶苦茶になってしまう。
白い生き物を仕掛けた本人である禊ヶ丘異端(みそぎがおかことば)から聞かされた。
しかもその白い生き物は明美が持っている武器でしか倒せないという。

草や葉が体に当たるが、気にしていられない。
空中から何かが爆発する音が響き渡った。
翔太が空を見上げると、白い生き物は跡形も無く消え去り幼馴染しかいなかった。
明美が倒したのだと、翔太は理解した。
イベントが無茶苦茶になるのは避けられた。そう思ったのもつかの間だった。幼馴染が落下し始めたのだ。
「あけみん!」
全速力で翔太は獣道を抜けると、本殿の前にたどり着く。
翔太は目の前に落ちてきた幼馴染を受け止めた。
幼馴染の顔は汚れ、服もボロボロで、戦いの傷跡が残っている。
「翔太……くん?」
目を開いた明美は翔太を見上げる。
「大丈夫か?」
翔太が訊ねると、明美は「うん」と力なく言った。
幼馴染がこんな姿になり、翔太の胸は痛んだ。
「すぐ保健室に行くからな!」
翔太が言うと、明美はこくっと頷く。
複数の足音が聞こえてきて、翔太は人目を避けるように森を進んだ。
翔太が振り向いて本殿の方を見ると先生や生徒が集まっており、恐らく先ほどの戦いのことを知るために来たのだろう。
幼馴染を抱えた翔太は獣道を出て学園に向かった。


「こいつは酷いな」
保健の先生であるレア・シードは暗い表情で言った。
レアはボロボロの明美を見るなり驚いた様子だった。
明美は体育着に着替えさせてベッドの上で眠っている。
着替えさせたのはレアだ。男の翔太が女である明美の服に手をかけるのは抵抗がある。
「あけみんは大丈夫なんすか?」
「心配しなくても疲労が溜まっているだけだから休めば治る」
レアは席に座り、足を組む。
「……何で星野がこんな風になったかお前は知ってるのか?」
レアが訊ねてきた。
明美の状態からして、そういう疑問が湧くのも無理はない。
翔太はレアに話した。禊ヶ丘が仕組んだ白い生物を倒すために、明美一人で戦っていたことを。
レアは軽く頷き「なるほどな」と短く言った。
「前から可笑しな奴だと思ったけど、あいつならやりかねないな」
レアは率直な感想を述べる。
禊ヶ丘は校内で気味の悪い生物をばらまいたり、人の分身を作り出すなど変わった事をする先生だ。
白い生き物を生み出したのも、イベントを盛り上げるためだと言っているが、幼馴染を危険な目に遭わせたのは揺るぎない事実だ。
「星野の事は私に任せて、お前はもう行け、今回の件は私らが責任を持って処理するから」
『私ら』というのは恐らく自分を含む先生達のことだろう。
「妙な気起こすなよ」
「……分かりました。あけみんを宜しくお願いします」
翔太はレアに頭を下げ、保健室を去った。

その後、翔太は友達とイベントに参加したが幼馴染のことが頭から離れず心の底から楽しめなかった。
明美の状態が回復するのを祈りながら、空に上がる花火を眺めた。


次の日。
「おはよう、翔太くん」
玄関にて幼馴染が元気な様子で翔太の前に現れた。
「あけみん、もう大丈夫なのか?」
「うん……心配かけてごめんね」
明美は申し訳なさそうに語る。
「あけみんが無事ならそれで良いよ、でももうあんな無茶しないでくれ」
翔太は本心で言った。
もし幼馴染に何かあれば、胸が張り裂けるからだ。
「翔太くん……」
翔太の気持ちを察したのか、一回頷き「分かったわ」と素直に言った。
「行きましょう、翔太くん」
「ああ」
翔太は明美と共に歩きだした。
お互い笑顔を見せたまま……。

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