舞台での役を終え、舞台裏でクラスメイトに声を掛けられていた。
「お疲れ様!」
「素敵だったわよ、星野さん」
「うん、有り難う」
明美は礼を言った。
明美のクラスの出し物である劇を無事に終えることができて、明美は内心ほっとしていた。
「明美!」
元気な声を出し、友達のまどかが近づいてきた。
「格好良かったよ、最後の格闘シーン! 練習の時より決まっていたよ!」
まどかは興奮していた。
劇の内容はサスペンスとアクションが入り交じったもので、明美は体術が得意な探偵役をやっていた。
最初はナレーションをやるつもりだったが、成り行きでやることになってしまった。
空手が得意な幼馴染みの翔太に動きの指導を受けたお陰で納得のいく演技ができた。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
明美は笑顔を見せる。
役を終えた達成感もあるが、先日起きた出来事によりわだかまりを解消できたことが、明美の心をすっきりとさせていた。

 

茜空に雲が泳ぎ、静かに進んでいた。
空と対照的に、二人の男女が口論になっていた。
原因は明美の交際相手である哲が頻繁に特定の女子と仲良くしていることだった。
哲は「単なるクラスメイト」だと言うが、それだけでは説明がつかないことをしていた。
女子が哲と手を繋いたり、しまいには、明美が見ている前で女子は哲の頬にキスをしたのだ。
明美という彼女がいながらスキンシップにしては行き過ぎで、明らかに裏切り行為である。
「正直に答えたら許してあげるわ、あの子とはどんな関係なの?」
明美は怒り混じりに訊ねた。
今まで哲を見てきたが、浮気をするような人間ではない。
明美は信じている。
こうして彼と話しているこの瞬間も。
哲は明美に頭を下げた。
「紛らわしい行動をしてごめんなさい、山下さんは友達なんです。
山下さんはスキンシップを求めてくるんです」
「頬にキスもその一部なのね?」
明美は哲の顔を見つめる。
「はい、もう誤解を招くことはしません、山下さんにもやめるように伝えます」
哲ははっきりと答える。
その間哲の行動に不審な点はなく、彼が嘘をついていないと理解した。
ここの所哲の紛らわしい行動が頭から離れず、劇の練習にも身が入らなかったため、先生にも注意を受けていたが、解決しそうだ。
「哲くん、女子の友達がいるのは良いことだと思うわ」
明美は言った。
哲に自分以外の女子と交流するなとは言うつもりはない。
人付き合いは大切だからだ。
「でも節度は守ってね。私、哲くんと仲良しでいたいから」
「はい、本当にすみませんでした」
こうして明美は哲と和解したのだった。

 

ホームルームが終わり、まどかと一緒に教室を出た所で声を掛けられた。
「明美先輩」
明美が振り向くと哲がいた。
まどかは空気を察し、ニヤニヤと笑った。
「恋人との水入らずの時間を楽しんでね!」
まどかはそう言うと、鼻歌を交えて去っていった。
「もう……まどかったら」
人前で言われると気恥ずかしくなる。
特に下校で混雑するこの時間なら尚更だ。
まどかの言動が元で、複数の目線が明美に注がれるのを感じた。
明美は哲と一緒に混雑を掻い潜り、校舎を出た。

 

人気がない校舎裏に来て哲が切り出した。
「今日の劇お上手でした」
誉められて、明美は口元を緩める。
「有り難う、哲くんのクラスの劇も良かったわ」
明美は言った。
哲は明美と違い舞台裏で活躍していた。
「可笑しくなかった?」
口元を引き締めて明美は訊ねる。
哲は首を傾げた。
「何がです?」
「いつもとの私と違っていた所」
劇の役はいつもの明美と違い、言葉も荒っぽく、行動も同様だった。
役になりきるためとはいえ、明美自身かなり戸惑った。
哲に変な印象を与えてないか心配だった。
「変だなんて思ってませんよ、明美先輩は明美先輩ですよ」
哲は爽やかに言った。
「なら良いけど……」
哲の様子に明美は安心した。
哲に変な目で見られてないならそれで構わない。
哲は「あ……あの……」と落ち着きの様子になった。
「どうしたの」
「明日なんですけど、良かったら一緒に踊りませんか?」
哲は提供した。
明日は学園祭最終日で、任意でフォークダンスを踊ることになっている。
ペアは男女である。
「いいわよ」
明美は答えた。
哲と踊るのは楽しいはずだ。

明美は今から明日が待ち遠しくなった。


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