私は質素な部屋で黙々と食事を口にしていた。
ちゃんと食べないと体が持たないからだ。
「……味は……悪くないわね」
私は呟く。
この食事は禊ヶ丘 異端(みそぎがおか ことば)先生の手作りである。
嫌な話だが私は禊ヶ丘先生に捕らわれいる。原因は私が生まれつきに備わっている"時間操作能力"を目に付けられたためだ。
敵の食事を口にしてる訳だが、生きるためならやむ得ない。
『輝宮(かがみや)……』
隣から弱々しい声がする。
私と一緒に捕らわれた野々村陸(ののむらりく)君だ。
彼は私が小さい頃からの友人でもある。
食べるのをやめ、私は壁際に来た。
「どうしたの」
『あいつが作ったメシを……食ってるのか?』
野々村くんは訊ねてきた。
野々村くんは色々あって禊ヶ丘先生のことを良く思ってない。
野々村くんのことだ。禊ヶ丘先生が作った食事など絶対に食べたくないだろう。
食べてないことを裏付けるように野々村くんの声は張りがない。食べるのが好きな彼が何も口にしないのは風邪の時くらいなのに……
私は悩んだが「ええ」と言う。
「嫌なのは分かる。でもちゃんと食べないと」
私は野々村くんの身を案じた。
『あんな奴が作ったメシを食う位なら死んだ方がマシだ。薬か何か入っているかもしんないだろ』
野々村くんは怒り混じりに口走る。
禊ヶ丘先生はありとあらゆる研究や実験をしており食事の中に薬を混ぜることもあり得ないこともない。
「数日間食べてきたけど、私の体には何ともないわ」
私は言った。
もし薬か入ってたなら体に異変があってもおかしくない。
『あいつがお前にしたことを忘れたのか、それでも平気なのかよ』
野々村くんは言って欲しくない話題を振ってきた。
思い出すだけで頭に痛みが走り、額から脂汗が出る。
禊ヶ丘先生が私に死刑囚の始末を命じたが、私が拒んだため私の腕に薬を注入し、それからの記憶がない。
その後、野々村くんの体に触れた途端、嫌悪感と吐き気が込み上げた。
禊ヶ丘先生が私の体に何かしたことは明白である。
「その話は……やめて」
私は唇を震わせた。
野々村くんは『すまない』と謝罪した。
『腹減ってるからムシャクシャしてた』
私は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「平気よ、気にしてないから」
私は平静を装った。
野々村くんのストレスが溜まっているのは理解できる。
理不尽に狭い場所に閉じ込められ、好かない相手から研究の対象にされるのは苦痛だからだ。
『少し休むよ、また後でな』
野々村くんは言うと、足音が遠ざかっていった。

その後私は禊ヶ丘先生の部屋から解放され、長い年月が流れた。
「ママー! 見てみてお弁当全部食べたよ!」
娘の佳歩(かほ)が元気良く私に空っぽの弁当箱を見せた。
佳歩は梅干しが苦手なので工夫してあげたら食べれたようだ。
「偉いわね」
「ママの料理美味しかったから!」
私が誉めると佳歩は嬉しそうに笑った。
佳歩とは対照的にもう一人の娘の詩乃(しの)は暗い顔をしている。
「どうしたの?」
私が訊ねても、詩乃は黙ったままである。
すると佳歩が口を開いた。
「しーちゃん、なす残したんだよ」
詩乃はなすが苦手で出しても食べずに残す。
ブロッコリーが苦手なのを克服したのだが、なすは中々上手くいかないようだ。
「見せて」
私は優しく言うと、詩乃は恐る恐る弁当箱を私に手渡した。
お弁当箱を開けると確かになすは残っていたが、ちょっとではあるが食べた後はある。
「詩乃、少しなす食べた?」
私が訊ねると、詩乃は黙って頷く。
「頑張ったわね」
私は詩乃の努力を誉めた。
ここで叱ると詩乃は更になすを食べなくなるからだ。
「次はもう少し多く食べれるようになろうね」
「……分かった」
詩乃は言った。
私は教師になり二人の娘が生まれたのに、野々村くんは病院で眠ったままだ。
一度目が覚め禊ヶ丘先生の研究所から抜け出し騒動を起こしたが、再び眠りについてしまった。
私は定期的に病院へ行って野々村くんの様子を見に行っている。
いつか野々村くんが目が覚めることを信じて……
「ママ、今日のご飯何?」
佳歩が声をかけてきた。
「今日はオムライスよ」
「やったー!」
「ねえ……ママ」
今度は詩乃が私に話しかける。
「野菜洗うの手伝ってもいい?」
詩乃は佳歩と違い、家事をよく手伝ってくれる。
特に料理絡みでは、おべんとう折り紙の影響もあって積極的だ。
「ママとっても助かるわ、有難う」
私は心を込めて礼を言った。
私は娘たちと帰りが遅い昇さんのために料理を作るのであった。


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