桜の花が咲き、私を含む多くの先生が花見に来ていた。
「王先生、お誕生日おめでとうございます」
「お……おう」
私は王先生の紙カップを軽く叩き、カップに入っているジュースを飲む。
四月一日の今日は王先生の誕生日である。
「良いのか、木之本がいんのに俺と一緒にいて」
王先生は目先にいる私の恋人の昇さんの方を見た。
昇さんは碓氷先生と烏丸先生に絡まれている。
恋人がいるのに、異性の自分と一緒なのは王先生的には気が引けるようだ。
「大丈夫ですよ、昇さんは話が分かる人ですから」
「なら……良いけどよ」
王先生はカップに入っているビールを飲む。
昇さんにも私にも外との人間の交流は必要だ。
四六時中一緒だと、いくら相手の事が好きでも関係がこじれてしまうからだ。
好きだからこそ適度な距離は必要である。
「まさか輝宮先生が俺より一足先に恋人を作るなんてな~」
王先生の言い方に、私は口元を手に当てて笑ってしまった。
「どうしてですか?」
「ずっと独身かと思ったからさ」
「失礼なことを言わないで下さい、私だって恋くらいはしますよ」
私は言った。
昇さんに会うまでは恋愛などに興味がなく、教師の仕事を全うしていた。
しかし、昇さんと出会ってからは、彼とずっと一緒にいたいと思うようになった。
「木之本とは結婚すんのか?」
答えにくい質問に、私は苦笑いを浮かべる。
「何でそんな質問をするんですか」
「ちょっとな、気になったからだよ」
王先生には悪気はないと思うが、少々デリカシーが欠ける。
誰にも言ってはいないが、昇さんからプロポーズされ、私は迷わず彼の返事を受け入れた。
今は昇さんの両親の挨拶を済ませ、結婚式の段取りや、新居の打ち合わせをしている所だ。
来年の私の誕生日に入籍してから先生方に言う予定である。
「まだ決めてませんよ……変なこと聞かないで下さい」
私はそう言うのが精一杯である。
ここで本当のことを伝えると昇さんに失礼だからだ。
このままだと王先生は突っ込んだ質問をしそうだったので、私は話題を変えようと思った。
「それより覚えてますか? 私と王先生が初めて出会った日のこと」
私は王先生に訊ねた。
王先生は顎に手を当て、空に目を向ける。
「ああ、確かあれは俺が授業していた日だったな」
覚えていてくれて私は安心した。
手続きで学園を訪れていた日のことだった。
校庭をバク転しながら一人の男性が生徒の前に現れたのに私は驚いた。しかも服装はボロボロだった。
私がぱっと見て思った王先生の第一印象は「こんな先生がいるのか」と戸惑った。
実際、職場での王先生は私をからかったり、コスプレさせる等、先生とは思えない態度をとった。
「王先生の格好を見て驚きましたよ、変なことに巻き込まれたんじゃないかって」
「あの時は、男に絡まれている女を助けて、そのまま直行したからな」
王先生はビールを口に含む。
王先生は人を助ける一面があり、実際私も王先生が生徒を守るのを見たことがある。
普段はふざけていると思われる王先生だが、いざという時はやはり先生らしい。
「まりあさ~ん」
昇さんが私に手を振っている。
「今行くわ!」
私は手を振り返した。
「すみません、私はこれで失礼します」
私は王先生に礼をして、背中を向けて走る。
その直後に「待てよ」と王先生に声をかけられ、私は足を止めた。
「何ですか?」
王先生は私に近づいて来るなり、私の耳元で囁く。
「早く掴んじまえよ、でねーと逃げられちまうからな」
王先生はにやりと笑い、私の元を去って行った。
王先生の言葉に胸がどきっとした。何言ってるんだろう、王先生ったら……
「まりあさん」
昇さんの声が身近からして、私は振り向いた。
「どうしたの?」
昇さんは私の顔を覗き込む。
私は落ち着かない気分になった。きっと王先生の言葉のせいだ。
でも昇さんには心配をかけたくなかった。
「ううん、何でもないの、行きましょう」
私は明るく振る舞い、昇さんと並んで歩いた。

 

王先生の誕生日に行われた花見は
王先生の言葉が印象に残ったのだった……

 

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