人が賑わい、活気がある酒場。
そのカウンター席で二人の男が酒を飲み交わしていた。
「話っていうのは何だ?」
クラウの隣にいる男が口を開く。
彼は濃い藍色の瞳をクラウに向ける。
クラウはグラスに入っている赤色の酒を飲む。
「……恋人がいるお前だから話せるんだ」
クラウは真剣に言った。
クラウの話に男の目つきは変わる。
「女性が喜びそうなものって具体的にどんなものだ? 俺は女性と付き合ったことが無いからよく分からなくてな……」
クラウは率直に訊ねる。
男……もといジャドーはクラウと深い親交があり、悩みなどを相談する時にはジャドーに打ち明けている。
ジャドーは口が堅く、人に秘密を漏らさないため信頼できる相手だ。
黙って聞いていたジャドーは、クラウを真っ直ぐ見つめる。
「確認するが、お前がプレゼントしたい相手はスピカって娘か?」
見透かされていたかのようにジャドーの口から出て、クラウの心臓は高鳴った。
スピカを窮地から救って以来、彼女と仲良くなり、週に二・三回の頻度で会っている。
「ああ……そうだ」
落ち着かずにクラウは目線をキョロキョロと動かす。
来週はスピカの誕生日なので、彼女を喜ばせたいと思い、何かあげたいと考えていた。
ジャドーは薄っすらと笑った。
「あいつはいい娘だな、もし俺に彼女がいなかったら付き合っている所だ」
ジャドーは冗談交じりに言った。
クラウは聞き流せずに机を叩いて立ち上がる。
「な、何言ってるんだよ! お前にはモイラがいるだろ!」
クラウは叫ぶ。
モイラとはジャドーが付き合っている恋人である。
モイラはジャドーを愛しており、仮にでもスピカに手を出すようなことをすれば、恋人への裏切りである。
クラウの声が周囲に響き渡ったのか、複数の目線が二人の男を差した。
「落ち着け、冗談だ」
ジャドーは宥める。
大声で怒鳴ってしまい、クラウは恥ずかしい気分で一杯になった。
酒が入っているため、些細なことで感情的になってしまうのだ。
ここは馴染みの店なので、雰囲気を壊したくない。
「すまない……」
クラウは自分の悪態を謝罪した。
「あの娘に惚れたのか?」
ジャドーは指摘する。
友の言葉を、クラウは否定できなかった。
「……」
「黙っているということは図星か」
「惚れてるかどうかは別にしても、ジャドーが他の女性に手を出すことが許せなかったんだ」
クラウは視線を反らす。
「隠さなくても良い、お前があの娘に好意を抱いているのは分かった」
ジャドーの言い分は最もである。
スピカと交流している内に、賞金稼ぎの仲間から一人の女性として認識するようになっていった。
彼女のことをもっとよく知りたいと強く思うようになっていた。
「……ジャドーの前では嘘はつけないな」
クラウはため息をついた。
「お前とは付き合いが長いからな」
ジャドーは返した。
「話は脱線したが、俺からすれば女は綺麗なアクセサリーや可愛い物が好きだということだ、モイラにはプレゼントにイヤリングをあげたら喜んだ」
「アクセサリーや可愛いものか……」
クラウはジャドーの言葉を心に刻みつけた。
「あくまで俺の一意見だ、鵜呑みにするな」
「分かってるよ、参考に留めておくさ」
スピカがアクセサリーや可愛い系が好きだとは限らない。
ジャドーはそう言いたいのである。
それでもジャドーに相談して参考になった。
ジャドーは紫色の液体をクラウの前に差し出す。
「さっきのお詫びだ」
「何だ? これは」
「お前の彼女をイメージしてマスターが作ったお酒だ」
ジャドーの"彼女"にクラウの顔は真っ赤になった。
無論彼女とはスピカのことで、お酒の色は彼女の瞳をイメージしたのである。
「気が早いな……」
クラウは声のトーンを低くした。
「告白するなら早いうちにするんだな、でないと後悔するぞ」
「なっ……」
「お前の仕事は危険が隣り合わせだしな、尚更だ」
ジャドーから紫色の酒を受け取り、クラウは見つめた。
……スピカが俺の彼女か。
クラウはスピカのことを思い浮かべる。
スピカはいつも自分に笑いかけ、楽しそうにしていた。
もしスピカが恋人になったのならば、もっと世界が輝いて見えるだろう。
……悪くないかもな。
クラウは柔らかな笑みをこぼした。
「もっと仲良くなったら考えるよ」
クラウは紫色の酒を飲んだ。

二人の男の夜は静かに更けていった……

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