海面の見える丘には、美しい満月が映し出されていた。涼しい風が吹き丘にいる二人の男女の髪を揺らす。
「結婚しよう」
リンは少女・スノウの手を取り、真剣な目で己の気持ちを伝えた。
突然のプロポーズに、スノウは頬を赤くして、水色の双眸を大きく見開く。
彼女が驚くのも無理はない。人生の分岐点を言い渡せられたようなものだからだ。
「ど……どうして急にそんな事を言うのですか?」
スノウはぎこちなく訊ねた。
「僕にとって君が必要だからだよ、この先もずっと」
リンは柔らかな笑みを浮かべる。
スノウとは苦楽を共にしてきた仲間で、旅をする中で彼女と交際するようになり、旅が終わってからも、時間を見つけてはスノウと会うことはずっと変わらなかった。
五年間、リンはスノウと関わる中で、一つの思いが芽生えた。
彼女と結婚して、幸せな家庭を築きたいと。
この日は仲間の結婚式で、彼女にプロポーズを申し込むにも良い機会だと思ったのだ。
スノウは恥ずかしそうに下を向く。
「良いのですか……私で?」
「僕には君しかいないよ、ずっと一緒にいたけど、君以外には考えられない」
それがリンの本心だった。スノウと付き合ってからは他の女性は霞んで見えた。
「私は家事だって苦手ですし……リンさんに迷惑ばかりかけますよ? その辺はよく考えたのですか?」
スノウは涙声で言った。
旅中で彼女は料理を振るうも味加減を間違えたり、洗濯物が上手くたためないなど、家事があまり得意ではない。
リンは彼女の悪い部分を全て熟知していて、思いは変わらない。
「完璧な人間はこの世にいないよ、僕は君の人柄が気に入ったんだ」
リンは細いスノウの体に腕を回す。温かい体温が伝わる。
嬉しさのあまりか、スノウは涙を流していた。
「……僕ばかりが一方的に言ってばかりだけど、スノウはどうなの?」
リンはスノウの頭に頬を当てた。彼女の髪からは花の香りがする。
自分の気持ちを伝えてばかりで、相手の思いを聞いていない。彼女が嫌だったら困る。
スノウが言葉が発するまでリンの胸はドキドキと高鳴り、緊張のため口の中が乾く。
涙を拭い、スノウはリンに笑いかけた。
「勿論、はいです、こんな私で良ければこれからも宜しくお願いします」
「有難う」
リンは感謝を込めて礼を言った。嬉しさで胸が熱くなった。
生まれてきて一番幸せな瞬間だった。まるで天に昇る思いだった。
この先も幾多の困難が待ち構えるだろうが、それらを乗り越えて彼女と幸せになる決意も固めていた。
「スノウ、こちらこそ宜しく」
リンは言うと、スノウに口付けをする。
お互いの愛を確かめるように……
永遠にこの時間が続けば良いと、お互いの気持ちは一つだった。二人の温かい雰囲気が流れているその時だった。
『結婚おめでとう!』
静けさを破る騒がしい声が耳に入り、リンとスノウは慌てて離れる。
声がした方角を向くと、茂みから小柄な少女と、リンと同じ茶髪の少年が姿を現す。
「二人ともようやくゴールインだね!」
少女は嬉しそうに飛び跳ねる。
「兄さんったら関係が進むの遅いから冷や冷やしたぜ」
少年は呆れたように言った。
「ユラ…ラフィ……どうしてここに?」
ラフィ……ことラフィアは満足げな笑みを浮かべ、リンに近づく。
ラフィアはリンの幼馴染で、子供っぽい性格をしている。
「リン君がちゃーんとスノウちゃんに思いを告げられるか心配だったの!」
ラフィアは蒼い双眸でリンを見つめる。首を傾げる際、蒼い髪が流れた。
「もし兄さんが踏み出せなかったら、オレがスノウを彼女にしていたな」
意地悪な笑みを浮かべ、ユラはわざとらしくスノウの腕に手を回す。
不愉快な気持ちになり、リンは「やめろよ」と言ってユラを追い払った。ユラはふざけ半分で逃げる。
ユラはリンの弟で、何かとリンにちょっかいを出すものの、寂しさを紛らわすためにやる事が多い。今回も当てはまるだろうが、人の彼女に手を出すのは困る。
リンの恋の成り行きを見ようと言い出したのは彼だろう。干渉しつつも兄のことが心配だったのだ。
気にかけてくれるのも事実だが、大きなお世話だった。
リンはスノウと手を取り、勝手に盛り上がっている二人からそっと距離を取る。別の場所で話がしたい。
「スノウ、行こう」
「え……?」
リンはスノウの耳元に口で囁く。
「ここじゃ話しにくいだろう」
「そうですね」
スノウは小声で言い、リンの体に再び手を回す。
瞳を瞑り、リンは念じると、背中から純白の翼が現れ、バサリと大きな音がした。
音に気付き、ユラとラフィアがこちらを向く。
それでも構わない、もうじき二人から離れるのだから。
「じゃあね、二人とも、素敵な夜を」
リンは別れの挨拶をして、大空へと飛び立つ。
羽根をはばたかせ、リンはスノウと共に、人里離れた場所へと移動した。
リンは天使、スノウは人間と違う立場だが、関係なくお互いを愛し合っていた。
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