セミが鳴き、蒸し暑い空気が漂う昼。
明美は自室で宿題をしていた。
扇風機の風が夏の暑さを紛らわす手段だった。
(……宿題ももう少しで終わりね)
明美は内心ほっとしていた。
今年の宿題はやや多く、一日に二時間を勉強に当てていた。
その甲斐あって、大分片付いた。
無論勉強ばかりでなく、友達と遊びに行ったり、家族と旅行へ出かけたりと夏休みを楽しんだ。
(みんなに会うのが楽しみだな)
明美は一人一人の顔を浮かべる。
今から土産話を聞くのが待ち遠しい。
そんな時だった。
明美の携帯が鳴り響いた。
「誰からかしら」
明美は携帯を手に取ると「櫻庭翔太」とディスプレイに記されている。
翔太は明美の幼馴染である。
「翔太くん……?」
明美は電話に出てみることにした。
「もしもし」
『久しぶりだなあけみーん』
「元気そうね、翔太くん」
声からして彼らしいなと明美は思った。
『それより、どうしたの?』
明美は訊ねる。
翔太が電話を掛けてくることは珍しい。
『なあ、明日予定空いてないか?』
翔太は声色を変えた。
その問いかけに、明美の背筋が寒くなる。
実は去年も同じような質問を翔太がしてきたからだ。
「一応空いてるけど……」
明美はさらに続ける。
「まさか……夏休みの宿題終わってないとか言わないわよね」
『あれ、分かっちゃった?』
翔太はとぼけた口調で言った。
明美はため息をつく。
去年も翔太に夏休みの宿題を見てもらうように言われたからだ。
そう、夏休みが終わるギリギリの時期に。
「翔太くん、夏休みの宿題は少しずつ片付けないと大変なのは分かったはずでしょ?」
『そんな事あったっけ』
聞く限り、翔太は反省しているようには思えない。
『ごめん、夏休み忙しすぎて宿題なんて忘れてたよ』
「岡田君と遊んだり、空手部の合宿に行ったり〜とか言うんでしょ」
翔太は指を鳴らした。
岡田とは翔太と仲の良い友達である。
『さっすがあけみんだ。全部当たりだよ!』
明美は呆れた。
毎日勉強しろとは言わないが、これだけよく遊びのアイデアが浮かぶなと感心した。
身体は成長しているのに、精神面はまだまだだと思った。
「自分で何とかしなさい、今から頑張れば間に合うでしょ」
『そう固いこと言うなよ、こうして頼めるのはあけみんだけなんだ』
嫌な予感がして、明美は眉をひそめる。
「……まさかだと思うけど、他の人に頼んだりしてないわよね?」
『そんなことしないよ』
「翔太くん、人に頼らず自分でやって」
明美は心を鬼にした。ここで彼の手助けをしても
彼のためにならない。
明美が電話を切ろうとした時だった。
『お願いだよ! お袋に頼んで美味しいアップルパイ作るように言うからさ!』
"アップルパイ"という単語に、明美は反応した。
アップルパイは明美の好物である。
翔太の母が作るアップルパイは美味しくて食べたら忘れられない味だった。
もしここで機会を逃すと食べられなくなる。
「翔太くん、食べ物で人をつるなんでずるいわよ」
電話を耳元に近づけて明美は注意をする。
『じゃあ来てくれるよな』
明美は生唾を飲み込む。
流石にアップルパイの誘惑には勝てない。
「明日何時に集合する?」
こうして明美は翔太の家に行く事になった。

「いや〜助かったよ、あけみんのお陰で宿題全部終わったよ」
翔太は大の字になって地面に転がる。
空は茜色に染まっていた。
「翔太くん、昨日も言ったけど少しずつやっていくこと……良いわね?」
明美は忠告する。
こうして翔太に口をすっぱくして言うのも、彼を思ってだ。
明美は朝早くから翔太の家に来て、翔太に問題の解き方を教えたのである。
途中で休憩を挟みつつ、宿題をこなしていったのだ。
努力の甲斐あって、宿題は全部終わったのである。
「分かってるって! 今度から気をつけるよ!」
翔太は起き上がった。
「先生に言ってくれよ、数学の宿題減らしてって」
「変なこと言わないの」
明美は翔太の頭を軽く叩く。
「本当に反省してる?」
「してるよ! ちゃーんとやるって!」
翔太は元気良く言った。
二人が話をしていると、扉をノックする音がした。
「アップルパイが焼きあがったわよ、いらっしゃい」
「おう! 今行く!」
明美は翔太と一緒に下へ降りた。

その後、明美は翔太とアップルパイを食べた。
味は去年よりもずっと美味しく感じられた。

明美だけでなく翔太も笑顔だった。

アップルパイを食べ終え、明美は玄関に来ていた。
「ごちそうさまでした。アップルパイ美味しかったです」
明美は翔太の母に頭を下げる。
母は嬉しそうに微笑んだ。
「今日は有難うね、ほら翔太も」
母に促され、翔太は口を開いた。
「じゃあなあけみん、学校で会おうな!」

明美は翔太に見送られ、家路に着いた。
空は月が輝いていた。

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