休日の昼、ケインは自分の部屋にある望遠鏡で外を眺めていた。人が賑わう町、雪に染まった山などを遠くにある景色を見るのがケインの趣味だった。
ケインが誕生日に父親から望遠鏡を貰ってからというものの、望遠鏡を通じて自分の部屋で色々と見てきた。湖で鳥の群れが飛び立つ所や、町での演説、彩り豊かな森の木々などの景色を見るのは楽しかった。それらの場所にはケインの足では遠いので実際に行くことは無い。
「ん?」
ケインは望遠鏡を空に向けると、変わった光景が目に飛び込んできた。帽子を被り、ほうきに乗った少女が空を飛んでいた。
「あれは……?」
ケインは疑問を口にした。ケインの知識の中にも無い。見たことの無い光景に、ケインは空飛ぶ少女の動きを見る。
少女はしばらくの間は真っ直ぐ飛んでいた。しかし突然少女は落下していった。落ちた先はケインが昔からよく知る森だった。
心配になったケインは 望遠鏡から目を離し、少女が落ちた森に行くために家を出て外へと走った。

数十分後、ケインは森へと行き、少女を探し回った。
「確かこの辺りだったかな……」
ケインは注意深く周囲を見た。すると木に少女らしき人影が引っ掛かっているのが見えた。
「大丈夫?」
ケインは少女に声をかける。しかし少女から返答はない。
もしかしたら気絶してるのかもしれないと思い、ケインは木登り始めた。ケインは木登りは得意なので、難なく少女のいる所に着く。少女は目を閉じていた。
「ねえ、大丈夫?」
ケインは少女に語りかける。
すると少女は「う……ん……」と声をもらした。ケインの想像通り気絶しているようだ。高い所から落ちたのだから無理もない。
少女を見た限り目だった怪我もなさそうである。
失礼だと思ったが、ケインは少女を見た。少女は黒い帽子にローブという身なりをしていた。ケインが住んでいる村では見ない格好である。
本来なら少女を担いで木から降りるのを優先するべきなのだが、少女の格好があまりにも珍しかったからだ。
ケインが少女を見ていると、少女がゆっくりと目を開く。
「ん……っ」
少女は上半身を起こそうと体を動かした。少女がいる場所は少しでも体を動かすと木の枝は既に折れそうだ。よってちょっとの衝撃でも折れてしまい地面に一直線である。
「あ、ちょっと待って……」
ケインが注意したが遅かった。少女を支えていた木の枝は音を立てて折れた。ケインは枝を左手で掴み、とっさに少女の手を右手で掴んだ。
「ひっ……な……何で私落ちそうになってるの」
少女は驚きの表情をケインに見せる。
「心配しないで、きみはぼくが助けるから」
ケインは少女に安心させるように言った。

「改めて、助けてくれて有難う、私はテルモって言うわ」
黒服の少女もといテルモは礼儀正しく言った。
「ぼくはケインって言うんだ」
ケインは朗らかに自分の名を名乗った。
「きみって凄いんだね、箒に乗って空を飛んでたんだから」
ケインは少し興奮気味に言った。箒に乗って空を飛ぶ人間など、ケインが知る限りではいない。ちなみに箒は近くに落ちていたのをケインが見つけ、テルモの右手に握られている。
テルモはケインに二度助けられたことになる。
「……ケインは知らないの?」
「何を」
「魔女のことよ」
聞き慣れない単語にケインは首を傾げる。
「魔女?」
「知らない人もいるのね」
テルモは意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「良いわ、教えてあげる」
テルモは説明を始めた。
テルモは自分が魔女であること、魔女は魔法を使って世の人々の役に立っているという。
「へぇ……知らなかったよ」
ケインは言葉をもらした。
ケインの世界は小さな村が全てなので、それ以外のことは知らない。
「まあ、論より証拠ね、ケインには助けてもらったお礼を兼ねて魔法を見せてあげるわ」
テルモははりきって言った。
「魔法?」
「簡単に言うと、雨を降らせたり、火をおこしたり、動物を作り出すこともできるのよ」
「それって普通に凄いことだね」
ケインは同じ単語を再び口にする。
テルモは右手を天に向かって真っ直ぐに伸ばす。
「いくわよ、天から恵みの飴が降らんことを!」
テルモが言葉を口にすると、テルモの右手から眩い光が出てきて、宙に灰色の雲が集まり始めた。
次の瞬間雲から複数の飴が降り注ぐ。
「えっ、雨じゃなくてお菓子の飴なの?」
ケインが突っ込んだ。普通なら水の方の雨が降るからだ。
「あえてそうしたのよ、ケインは甘いもの苦手?」
「そうじゃないよ、ちょっと驚いただけ」
ケインは言った。
しかしケインは飴のように甘いものは好きなので、むしろ嬉しい。
母親が作ってくれるりんごのパイなどの甘いお菓子は好きだ。無論店で売られている飴などのお菓子も同様である。
ケインは地面に転がる飴入りの紙袋を拾い、飴を口に放り込む。口の中に甘さが広がり、ケインの心は幸せな気持ちで一杯になる。これも魔法の力なのかなとケインは感じた。
「美味しい」
ケインは嬉しそうに口走る。
「なら良かったわ」
「この沢山の飴、持って帰っても良いかな、友達にもあげたいんだ」
ケインは訊ねた。自分だけ美味しい飴を独り占めにするのも何だか悪い気がしたからだ。
ケインが感じた幸せを友達にも分け合いたかった。
「いいよ」
テルモは快く了承した。
ケインは友達には何て言おうか考えつつも、飴を次々とポケットに入れていった。
口にはしないが、ケインは魔法は凄いと感じた。凄いという言葉以外が思い浮かばない。
ポケットに飴が一杯になった所で、ケインは異変に気づいた。飴の量が段々と増えてきたからだ。
飴はケインの靴を覆い隠すくらいの量になり、魔法の影響かとどまることなく森に流れていった。
テルモは魔法をケインに見せたくて飴を降らせたのは分かるが、明らかにやり過ぎな感じがする。
「テルモ、そろそろ魔法を止めなよ」
ケインはテルモに言った。
「それもそうね」
飴の量にテルモもまずいと感じたようで、右手を再度宙に伸ばした。
「我は雲をかき消すことをここに命ず!」
テルモは雲に向かって光を放った。しかし雲は消えずにそのまま残っている。
「もう一回……我は雲をかき消すことをここに命ず!」
テルモは再度光を雲に放ったが、やはり消えない。
「どうしたの?」
「呪文が消えないの」
テルモはとても焦った様子だった。二人が話している間にも雲から出る飴の量は増えている。
その時だった。
「我はここに命ず! 雲を消さんことを!」
空から声が響いたと思いきや、光が雲に当たった。途端に雲が一瞬で消え去った。
箒に乗った魔女が二人の前に現れた。

「し……師匠」
テルモは絞り出すように言った。
テルモが師匠と呼んだ女性はテルモを見るなり険しい表情のまま口を開く。
「お前はここで何をしているんだ! 来るのが遅いから探し回ったと思えばこんな所で寄り道をした挙げ句に人間に迷惑をかけるとは! 魔法を人間の前で使うなとあれほど言っただろ!」
女性はケインの前でテルモに厳しく叱りつける。
「ご……ごめんなさい」
テルモは暗い顔で女性に頭を下げる。
女性の剣幕にケインは自分のことのように女性が怖かった。
女性はテルモからケインの方に向いて近づいてきた。その顔からは険しさがとれていた。
「少年、すまなかったな、私の弟子が迷惑をかけた」
テルモと話していた時と違い、女性は落ち着いた口調になる。
「私の名はマケル、向こうのテルモは私の弟子だ」
マケルはテルモに少しだけ顔を向けて、ケインにまた向き直る。
マケルは事の詳細を話し始めた。テルモは魔女とは言っても見習いで、この日は一人前の魔女になるための試験があるので、試験の一つとして会場に行くためにテルモは箒に乗り向かっていたらしい。
しかしテルモは、箒に乗っても上手く飛べなかったり、魔法を出しても上手く消せないなどの失敗をすることがあるので、会場に行く途中でこの森に落ちてしまい、加えて雲を消せなかったという。
「そう……だったんですか」
ケインは自然と敬語になる。マケルはどう見ても年上だからだ。
「本当にごめんね、ケイン」
テルモは申し訳なさそうに言った。
「……この飴も消しておこう」
マケルは足もとに転がる無数の飴も呪文を出して消し去った。
「試験は中止だ。私が一からみっちり教え直す」
「……分かりました」
テルモは言った。
マケルがテルモの横に並んだ。
「では少年、私達はこれにて失礼する。色々と悪かったな」
「待って下さい!」
ケインは声を出し、テルモに駆け寄る。
「テルモ、美味しい飴を有難う、大切に食べるし、友達にもわけるよ」
ケインは明るく言った。
例え失敗だとしても、飴はケインに幸せな気分にしてくれたからだ。ポケットにはマケルの呪文から逃れた飴が残っている。
「ケインにそんな風に言ってもらえて嬉しいわ」
テルモは少しだけ笑った。
「またねケイン、今度は一人前になったら来るから」
テルモが言うと、マケルが呪文を唱え一緒に姿を消した。

その後、ケインは村に帰り、テルモから貰った飴を友人達にわけた。その際友人には父親がお土産で買ったと説明した。魔法のことは伏せた方が良いと思ったからだ。
友人達は飴が美味しいや、食べて幸せな気分になったと言っていた。ケインは飴をあげて良かったと感じた。

一年後
いつもの休日にケインは望遠鏡で外を眺めていた。町ではお祭りが行われていたり、湖では白鳥の群れが降り立つ様子が見られた。
空に望遠鏡を向けた瞬間、ケインは驚きの顔になった。見覚えのある顔があったからだ。
「テルモ……?」
箒に乗ったテルモが真っ直ぐ飛んでいたからだ。以前見た時より、飛び方はしっかりしている。
もしかして自分に会いに来たのか? それとも別の用事か、いずれにせよテルモが近くにいるのは事実だ。
望遠鏡から目を離し、テルモに会うためにケインは自室を出た。
「テルモ!」
ケインは外に出るなり、右手を振って叫んだ。空を飛んでいたテルモはケインに気付き、ゆっくりと空から降りてきた。
テルモはケインに笑いかけた。
「また会えたね、ケイン」


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