わたしは佳歩ちゃんを迎えにいくため、黒崎先生の手を握りしめて、学園に向かって歩いていた。
ママとパパがお仕事している学園にはわたしと佳歩ちゃんが通う幼稚園がある。
佳歩ちゃんは先生の目を盗んで王おじさんに会うために幼稚園を抜け出している。
こうしてわたしと先生が幼稚園の外を歩くことは本当ならないんだけど、わたしがお願いしたら黒崎先生は言い付けを守ることを条件についていくことになったんだ。
「こら、佳歩待ちなさい!」
「わーい! ママが鬼! ママが鬼!」
校庭ではママが佳歩ちゃんを追いかけ回していた。
「待つんだ佳歩ちゃん!」ママの隣を抜いて、王おじさんが佳歩ちゃんの後をついていく。
「王おじさんも鬼ー!」
佳歩ちゃんは元気よく言った。
見ていたわたしは呆れた。佳歩ちゃんはママと王おじさんに迷惑をかけてることに気づいてない。
佳歩ちゃんはわたしのお姉ちゃんで、わたしと遊んでくれるから好きだ。
でもママを困らせる所は好きじゃない。
「お仕事大変そうだね」
黒崎先生もあきれていた。
「ゆっくり近づくからね」
「うん」
黒崎先生の言葉にわたしは首を縦に振る。
巻き込まれたら大変だからだ。
佳歩ちゃんは校庭を輪を一回転するように走り、ママは後を追い、王おじさんは横から佳歩ちゃんを捕まえようとしたが、すり抜けてしまった。
佳歩ちゃんは逃げ足が早く、ちょっぴり羨ましい。
三人の姿が近くなり、ママの綺麗な髪が揺れてるのが見える。
「佳歩ちゃん」
黒崎先生が佳歩ちゃんを呼び掛けると、佳歩ちゃんは足を止めた。
黒崎先生に引かれるようにわたしも佳歩ちゃんの元に近づいていった。
「しーちゃん、黒崎先生……」
佳歩ちゃんはわたしと黒崎先生の方に顔を向けた。
しーちゃんは佳歩ちゃんがわたしを呼ぶ時のあだ名だ。
「ダメだよ抜け出したりしちゃ、心配したんだよ」
黒崎先生は佳歩ちゃんと同じ目線に身を屈めて叱った。
「黒崎先生……」
息を切らしてママと王おじさんが駆けつける。
「すみません、いつも佳歩が迷惑かけて……」
ママが黒崎先生に頭を下げる。
「佳歩、ごめんなさいは?」
ママが怒った顔をして佳歩ちゃんに言った。
「……ごめんなさい」
佳歩ちゃんは黒崎先生に頭を下げた。
謝罪が終わった所で、王おじさんがわたしの顔を見た。
「詩乃ちゃんじゃねーか」王おじさんが言うとママはわたしの方を見た。
「詩乃まで……」
ママがまた怒り出しそうになり、黒崎先生が口を挟んだ。
「詩乃ちゃんの外出は僕が許可しました。心配しないで下さい」
黒崎先生は穏やかに言った。
黒崎先生の言葉によってママの顔から怒りが消え去った。
「しーちゃん、ずるい!」
佳歩ちゃんはわたしに指を差して唇を尖らせる。
自分が怒られて、わたしが怒られないのが不公平なんだ。
「ずるくないよ、詩乃ちゃんは先生が出ていいって許したんだよ、佳歩ちゃんは勝手に出たからいけないんだよ」
黒崎先生は説明した。
「佳歩ちゃん、いい子にしねーと週末遊ばねーぞ?」
黙っていた王おじさんは佳歩ちゃんに言った。
「やだ!」
佳歩ちゃんは体を跳び跳ねて言い返した。
「わたしもいやだ!」
わたしは佳歩ちゃんに続いた。
王おじさんと遊べない週末なんて悲しい。
「嫌なら抜け出すのはやめるんだ。約束できるか?」
「できるよ! だからおじさんと遊びたい!」
佳歩ちゃんはじたばたと動く。
「よーし、じゃあ約束だ」
王おじさんは小指を佳歩ちゃんに向ける。
佳歩ちゃんは小指を王おじさんの小指と絡ませてゆびきりげんまんをした。
「わたしもしたいよ!」
佳歩ちゃんばかりずるいと思い、わたしは言った。
「じゃあ詩乃ちゃんもな」
王おじさんはわたしにも指切りをしてくれた。
とっても嬉しかった。

その後、わたしは黒崎先生と佳歩ちゃん、ママと一緒に幼稚園に戻った。
今から王おじさんと遊ぶのがとーっても待ち遠しかった。

 

 

後日談
パパがお迎えが来るまでわたしはお絵描きをしていた。
描いているのはウサギやリス。
「詩乃ちゃんは、絵が上手だね」
黒崎先生はわたしの絵を見て誉めてくれた。
佳歩ちゃんはお姫様を描くけど、わたしは動物が好きで良く描くんだ。
「だって好きなんだもん!」
「じゃあ先生の似顔絵を描いてよ」
黒崎先生は自分を差す。
黒崎先生は優しくて可愛い格好をするから好きだ。
だから黒崎先生の笑った顔を描きたいと思った。
「うん、分かった!」
わたしは新しいページを開き、黒崎先生の顔を見ながら肌色のクレヨンを取り出して画用紙に塗った。

パパが来るまでの間、わたしは黒崎先生の似顔絵を描くことに夢中になった。

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