木々が立つ雪道をサルジュはゆっくりとした足取りで進んでいた。黒にかかった灰色の空からは雪がちらつき始め、サルジュの体にも降ってきた。
「……今日村に着くのは難しそうだな」
白い息を吐きながら、サルジュは呟く。
サルジュが目指す村まではまだ遠い、加えて夜に雪道を歩くのは危険なので、テントを張って泊まった方が安全である。
歩き続けていると、木々が立つ場所を抜け、雪に覆われた真っ白な所に出た。
「ここなら問題無さそうだな」
サルジュは言うと、持参している袋から、小さなテントの型をした物を取り出した。
『サルジュ様が帰りの道中で、泊まる場所がなく困ったらお使い下さい、魔法のテントです』
そう言われ、サルジュの仲間であるレーギスから渡されたもので、使うのは今回が初めてだ。
「使わせてもらうぞ、レーギス」
サルジュはテント型の物を置き、後ろに下がた。そして……
「ここに安らぎの場所を現れんことを!」
サルジュがレーギスから教えてもらった言葉を口にすると、テント型の物は目映い光を放ち大きくなった。
テント型……いやテントはサルジュの前に立ちはだかった。
「でかいな」
サルジュは言った。

サルジュがテントの中に入ると、そこにはテントとは思えないような光景が広がっていた。
テーブルに椅子、絨毯、ベッド、家具、火のついた暖炉がサルジュの視界に飛び込んできた。
「こりゃまた凝ってるな」
サルジュは驚きを隠せなかった。
レーギスは強い魔法が使えるので、物を作り出す呪文はお手のものである。
サルジュはベッドの近くに行き、皮袋を下ろした。サルジュがベッドの側で荷物を下ろすのは習慣である。
「ん?」
サルジュはベッドの上に紙が置かれていることに気づき、手に持った。
筆跡からしてレーギスが書いたものだということはすぐに分かった。
『これを読んでいるということは、魔法のテントを使ったということですね。使って頂いて嬉しいです。

このテントのことを説明しておきますね、テントはサルジュ様が快適に過ごせるように、必要なものを揃えています。何か食べたくなったらテーブルに食べたい物を言って下さい。お風呂もついていますので入りたくなったら入って下さい』
レーギスの手紙は更に続いていた。テント内には着替えや娯楽なども用意してあるらしい。
『万が一、何か困ったことがありましたら、枕元にあるベルを鳴らして下さい、すぐに使いの者が行きます』
文はそこで終わっていた。
細やかな気遣いができつつ、また使いの者を行かせるのもレーギスが国の王女だということをサルジュは感じた。
サルジュはベッドを見回すと確かに枕元にベルがあった。
「あれか」
サルジュは言うと、ベルを手に持った。軽くて力を少し加えるだけで鳴りそうである。
いざとなった時に使おう、そう思いサルジュはベルを元の位置に戻した。
サルジュはベッドから離れるために少し動くと、壁に飾られている一枚の写真が目に入った。
サルジュは写真を見ると、そこには自分とレーギスが写っていた。写真がきっかけで、サルジュの脳裏には今までの思い出が蘇った。

レーギスとの出会いは、魔王の配下に捕らわれたレーギスを救ってくれと、サルジュの剣の腕を見込んだ王から依頼されたことがきっかけだった。
レーギスは狭い塔の牢屋にいて、魔王の配下を倒し、初めて会うことになる。
艶やかな金髪に、意思の強そうな緑色の双眸に、美しい顔立ちの少女というのが、サルジュの第一印象だった。
サルジュはレーギスを国に連れて帰ると言うが、レーギスは頑なにそれを拒否し、魔王を倒すと言い出したのだ。
理由としては、自分には強い魔力が生まれつき備わっており、国に戻ってもまた魔王の配下がそれを狙ってきて、自分ならまだしも国民に危害が及ぶかもしれないし、それにこの力を魔王を倒すために使いたいと。
魔王退治をする予定では無かったサルジュだが、レーギスの真っ直ぐな思いに応えるように、レーギスを連れ、世界を支配する魔王を倒す旅に出たのである。
旅は長かったし、苦労や大変さもあったが、充実はしていた。壁にある写真は街に寄った際に旅の思い出にと撮ったものだ。レーギスは写真を宝物にするといい、大切にしまったのだ。
苦戦しつつも、二人で力を合わせて魔王を倒し、レーギスが暮らす国に帰るなり、サルジュとレーギスは魔王を倒した英雄として歓迎され、盛大な祝福を受けた。

暖炉の薪が割れる音がきっかけでサルジュは思い出から今いるテント内に戻ってきた。
「……俺もお前と旅ができて良かったよ」
サルジュは朗らかな口調で言った。
祝福が落ち着いた後、サルジュは生まれた村に帰ることをレーギスに伝えた。その際レーギスは悲しげな顔を浮かべた。長い間一緒にいたため、別れが辛いのは無理もない。
サルジュが根気強く説得すると、渋々だがレーギスも分かってくれて、今サルジュが使っている魔法のテントを渡したのだ。
「レーギスの気持ちにも気づいてはいたけどな」
サルジュの声色は少し曇る。
レーギスがサルジュに対し、好意を寄せていたのは理解はしていた。
しかしサルジュはレーギスの気持ちを知りつつも、レーギスの側を離れたのである。
理由としてはレーギスは王女で、自分は田舎出身の剣士なので釣り合わないと感じたからだ。
「俺はレーギスのことを忘れないからな」
サルジュは言った。

食事と入浴を済ませ、サルジュはベッドに横になる。
「本当にここは快適だな」
サルジュは気分良く言った。食事はとても美味しく、風呂はちょうど良い湯加減だった。
娯楽である本は沢山あったものの、歩いて疲れていたので読む気になれなかったが。
段々と睡魔が押し寄せてきて、サルジュは瞼を閉じると、サルジュの意識は闇の中へ沈んだ。

「サルジュ様」
何度も聞いてきた呼び方と声に、サルジュは気がついた。
暗闇の空間の中で、サルジュの目の前に、レーギスが立っている。
「レーギス……」
「驚きましたか? まあ無理も無いでしょう、魔法の力で貴方の夢に語りかけているのですから
……失礼なことは承知なのですが、貴方がテントで過ごしている様子を見させて頂きましたよ」
レーギスは静かに語る。
レーギスは緩やかな足取りでサルジュに近づいてくる。
「サルジュ様、貴方は私の想いに気づいていながらも、私の元を去ったのは何故ですか?」
レーギスは真剣な顔つきでサルジュに問いかけた。
サルジュは言おうか迷ったが、レーギスの様子に誤魔化しがきかないと感じ、サルジュは口を開く。
「俺とレーギスは釣り合わないと思ったからだよ、俺は田舎の出身で、レーギスは王女だしな」
「そんな事を気にしていたのですか? 貴方は世界を救った英雄なのですよ、お忘れなのですか
身分のことは心配いりませんよ、お父様を含めた城の皆は貴方のことを認めていますから」
レーギスはきっぱり言った。
「私がどんな気持ちで貴方を送り出したか考えましたか?」
レーギスの表情は悲しみに歪む。見ていると胸が痛くなってくる。
「少しの間でも、貴方のいない時間が辛くて苦しいものでした ……私も自分の思いをちゃんと口にしなかったのもいけませんでしたが」
レーギスはサルジュの間近にまで来た。
サルジュはレーギスに頭を下げる。
「レーギス、すまなかった。お前の想いを知っておきながら逃げるようなマネをして」
サルジュは話を続ける。
「身分のことも言い訳なんだ。本当の所はお前との関係が崩れるのが怖かったんだ」
これは嘘ではない。
レーギスといる心地の良い関係が崩れることが、サルジュは怖かったのである。
「顔を上げて下さい」
レーギスは言った。
サルジュはゆっくりと顔を上げる。レーギスの先ほどまで見せていた怒りは失せている。
サルジュが謝ったことにより、レーギスは納得したのだろう。
「サルジュ様は剣の腕はたちますが、人に対し臆病な所があるのは私は知っていましたよ」
レーギスは妙に落ち着いた声で話した。
「レーギス……」
「この後は何をするかはサルジュ様も理解していると思います」
「すぐにレーギスの元に行くよ」
「なら枕元のベルを鳴らして下さい、来るのをお待ちしてますよ」
レーギスは言うと、サルジュの目の前から姿を消した。

サルジュは目を覚まし、体を起こした。
そして枕元にあるベルに手に持つ。
レーギスに会ったらちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
レーギスのことが好きだと。
「今行くからな」
決意が揺るがないうちに、サルジュは持っていたベルを鳴らした。


戻る

inserted by FC2 system