空は澄み渡る快晴で、生暖かい風が吹いていた。
スピカは所属する部隊の隊長であるマリアの顔をじっと見つめる。
マリアは今日隊長の座をスピカに引き渡し、去ることになり、スピカはマリアの見送りに来ていた。
マリアの別れを惜しむ隊員も連れて来たかったが、マリアの意向でスピカのみになった。
「行ってしまうんですね」
スピカは言った。
マリアには戦術以外にも人として大切なことを教わってきた。
スピカにとって尊敬できる人物である。
長い間世話になった先輩がいなくなることは寂しい。
「永遠にあなたの側にいる訳ではないの、その辺は分かっているわよね?」
マリアは口を開く。
マリアの表情は複雑である。
昨日までいた人間が今日いるとは限らない。マリアはそう言いたいのだ。
スピカは黙って頷く。
「……はい」
重々しくスピカは言った。
「胸を張りなさい、今日からあなたが皆を引っ張っていくのだから」
「ええ……」
スピカは不安でたまらなかった。
ちゃんとマリアの代わりを果たせるかと。
マリアはスピカの気持ちを察し、肩を軽く叩いた。
「あなたなら大丈夫よ、きっとできるわ」
マリアは薄っすらと笑う。
「……わたしで良かったんですか?」
スピカは不安を隠せなかった。
自分以外にも適任者がいると思ったからだ。
「あなたは責任感もあって、皆からの信頼もあるから隊長に相応しいわ」
マリアはそっとスピカの肩から手を離した。
「落ち着いたら手紙を書くわ、元気でねスピカ」
「マリアさんもお体に気をつけて下さいね」
マリアはスピカに背を向けて颯爽と去っていった。
最後までスピカは泣かなかった。
いや泣いている暇は無かった。スピカにはやるべき事が待っていたからだ。

 

スピカはスピカなりに頑張った。
時にはやめたいとさえ思ったが、マリアの励ましの手紙のお陰で思い留まった。
スピカが隊員達の信頼を厚くなっていくと同時に、マリアの手紙が来る回数も減り、最終的にはぱったりと途絶えてしまった。
マリアの安否を気にかけつつ、スピカは隊長としての任務をこなしていった。

スピカが隊長になってから二年後、マリアと会うこととなる。
が、それはスピカにとって嬉しくない再会であった。
何故ならマリアはスピカの敵になっていたからだ。
スピカの部下達はマリアの攻撃で次々とやられ、スピカはマリアと戦わざる得なかった。
スピカは全力を出してマリアに立ち向かった。


戦い続け、お互いが傷だらけになり、服のあちこちがボロボロになりながらも……

「これで終わりですね」
スピカは地面に横たわるマリアを見下ろしていた。
戦いの末、スピカが勝利したが、内心は悲しさで一杯だった。
「強く……なったわね」
マリアは消え入りそうな声で語る。
スピカの胸はチクチクと痛んだ。
「何で悪行に手を染めるようになったんですか?」
スピカは疑問を口に出す。
マリアは世間を震撼させている悪の組織に所属し、マリアも犯罪に加担していた。
真面目で誠実なマリアを知るスピカからすれば衝撃的である。
「世の中……上手くいくことばかりじゃ……ないのよ」
マリアはスピカの疑問に答えるように、話を始めた。

 

かつてマリアがいた場所は、努力しているにも関わらずマリアのことを認めてもらえず、仕舞いには意地悪な女がマリアの手柄を自分のものにしてしまったのだという。
マリアは精神的に追い込まれ、そこに悪の組織のリーダーが現れ、マリアに復讐を持ち掛けたのだ。
マリアはその口車に乗り、意地悪な女を含む周囲の人間に制裁を加えたのだった。
こうしてマリアは悪の組織の一員になったのだ。
マリアの話を聞き、スピカは複雑な表情を浮かべた。
自分の努力を認めてくれる人ばかりではなく、時には嫌な人間もいる。
マリアがいた場所は悪意の塊を持った人間達しかいなかったのだ。


スピカは今いる場所がいかに恵まれているかを理解した。

「因果応報……よね……」
マリアは目を閉じる。
「こうしてあなたに倒されるのも……当然の報いね……」
スピカは黙り込む。
「止めをさしなさい……」
マリアは覚悟したように言った。
マリアの言葉にスピカの目から涙が出た。
マリアを良く知るからこそ、こんな結末には納得がいかない。
「やり直せないんですか?」
涙を流しながらスピカは言う。
マリアの行いは許されることではないが、罪を償うことはできる。
しかしマリアは首を横に振る。
「私は罪を重ね過ぎたわ……だから……」
「止め……なんですか?」
マリアは軽く頷く。
「嫌な役を押し付けて……ごめんなさいね……あなたにしか頼めないことなの
報いを受ける時が来たのよ……だからお願い」
マリアの意思は固かった。
スピカが何を言っても聞き入らないくらいに。
「本当に……良いんですか?」
スピカは最終確認をした。
正直な所、マリアには「いいえ」と言って欲しかった。
しかしマリアの答えは変わらない。
「覚悟はできてるわ……お願い」
スピカは自分の武器である短剣を両手で持つ。
心の中では嫌だ嫌だと暴れ回る自分がいて、出来ることならばやめてしまいたかった。
「マリアさん……わたしはあなたをずっと尊敬していました……」
スピカは振り絞るようにして声を出す。
この手で先輩に止めをさす日が来るなど、想像もできなかった。
「……ごめんなさい、わたしの力不足であなたを救うことができなくて……」
スピカは手を空中に掲げる。
「せめて……安らかに眠って下さい!」
スピカの手は勢い良く下に向かった。


こうしてマリアの生涯は閉じたのだった。
後輩の……スピカの手によって。

その後スピカはマリアが所属していた悪の組織を壊滅させることに成功し、関わっていた人物を一人残らず逮捕した。
全てマリアの仇を討つために。

 

スピカはマリアの墓の前に立ち、目的を達成したことを報告した。
「マリアさん、仇はとりましたよ」
スピカは静かに言った。

空はマリアと別れた時と同じく青空で澄み渡っていた……


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