「別れよう」
 行きつけの喫茶店で彼に呼び出されたと思えば、唐突に別れの言葉が切り出された。
 ……訳が分からない。
 だって、二日前は遊園地で思う存分遊んで最後には「また一緒に遊ぼうな!」なんて言ってたのに。何で急に別れの言葉が出るの?
 衝撃的な言葉に私の心は動揺した。これからも彼と一緒に楽しい思い出を作ろうと考えていたのに……
 突然のことで、私の手や唇は震えた。
 気持ちが落ち着かないまま、私は彼に訊ねた。
 「どうして、そんな事を言うの? 私たちまだ付き合って半年しか経っていないんだよ」
 彼は下を向いて、しばらく黙った。
 よほど話づらい内容なのだろう、いつも明るく笑顔が似合う彼の表情とは違いとても暗い。
 少し経つと、彼は私を見つめて重い口を開いた。
 「好きな人が出来たんだ。お前よりずっと魅力があるし、一緒にいて楽しいんだ」
 その言葉に、私の頭の中は真っ白になった。私の全てを否定された気分。
 私は彼にとって魅力的な女性では無くなったということだ。
 ……そういえば、私と一緒にいる時でも携帯電話を頻繁にいじっていたことがあったっけ。
 きっと彼が言う好きな人にメールを送っていたんだ。
 私に携帯を見られるのも嫌がっていたし。どうしてあの時気付かなかったんだろう?
 それだけじゃない、時々彼の服から甘い香水の匂いがした。気になったから聞いたら「バイト先の後輩に相談を持ちかけられて、その時に匂いがついた」とか言ってたけど、思い返せば怪しいものだ。
 薄々気付いていたのに、目先にある楽しい思い出に浸りたいばかりに、私は彼への変化を見てみぬふりをしていたんだ。
 なんで分からなかったんだろう? 気付くチャンスなんて一杯転がっていたのに。
 私は馬鹿だ。男の変化すら見極められないなんて……
 「私のこと嫌いになった?」
 「嫌いじゃないけど、今の彼女の方がお前よりもずっと好きなんだ。これだけは譲れない」
 「もう私達やり直せないの、彼女とは別れられないの?」
 「どっちも無理だ」
 彼の否定的な言葉に私は黙り込んだ。
 もう私が何を言っても無駄だ。彼の気持ちを私に引き戻ことはできない。そう感じたからだ。
 「本当にごめんな、ずっと前に言おうと思っていたんだけど、楽しんでいるお前の顔を見てると言えなくてさ」
 「もういいよ、分かったから」
 彼の心が戻らないと知りつつも彼のことは好きだ。だからこそ彼の幸せを一番に考えてあげたい。みっともなく怒鳴ったり、彼の頬に平手打ちをかましたいと思ったが、そんな大人気ないことはしたくない。
 やったら格好悪い。
 私は彼から身を引こう、それが私にできること。
 心はいやだ。いやだ。と叫ぶが、それを無視して私は言葉を続ける。
 「貴方がそう言うならば構わない……元気でね」
 私はバックを持って席を立ち、素早くその場から離れた。
 喫茶店から離れた所で、私は振り向いてみたが、彼は私の後を追って来ない。
 追いかけてくるかも……なんて薄っすらと期待した私が馬鹿だった。
 私の何が悪かったんだろう 、可愛げ無かったからかな? それとも気配りが欠けてたとか? 
 考えれば考えるほど、数多くの欠点が見つかる。
 だけどもう遅い、彼の心は私の元に戻らない。
 「……っ!!」
 抑え込んでいた感情が一気に溢れ出し、私の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 私は失恋したのだ。友達に彼氏が居る中で本当に惨めな気分。
 いまさら彼に会って「やり直そう!」だなんて言っても仲を修復するのは絶対に不可能だ。新しくできた好きな人の方に気持ちが傾いているのだから。
 私は涙を流したまま前に進んだ。後ろなんて見たくない。見たら余計に空しくなる。
 彼と過ごした時間は、もう元に戻らない。
 
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