りかこが亡くなってからの記憶は今でもはっきりと覚えている。
 葬式には同級生、親族、そして私の家族が駆けつけた。
 りかこが死んだ原因は交通事故によるものだ。私にハンバーグを届けてくれたその日に、急に飛び出してきた車に跳ねられ、病院に運ばれたものの間もなく死亡したそうだ。
 私はりかこの死に顔を見た。りかこは生前大好きだった百合の花に囲まれる中で安らかに眠っていた。とても死んでいるとは思えない。
 りかこの顔を見た瞬間、私の脳裏にはりかことの思い出が走馬灯のように過ぎった。
 最初に出会った時から、小学生……中学生……
 遊んだ事、泣いた事、ケンカした事。
 良い思い出はダイヤモンドのように輝き、苦い思い出はサファイアのように輝いている。
 私は棺に収まっているりかこの名を呼んだ。無論返事は返ってこない。
 りかこ……お願い起きてよ……りかこ……
 私……まだあなたにごめんねって言ってないよ。ハンバーグ美味しかったよ、有難うって言ってないよ。
 どうして目を覚ましてくれないの……? あなたは眠っているだけなんでしょう?
 死んだと分かっていても、私はりかこに話しかけた。
 もう二度とりかこは目を覚まさないし、私と口を聞いてくれない。笑わない、怒らない。
 とても悲しかった。
 両目から涙が溢れ止まらず、母に体を抱かれて私はその場から下がった。こんな事になるくらいなら、ケンカ別れなんかするんじゃなかった。
 ごめんね、りかこ。本当にごめんねっ。
 
 それから三年後、私は十八歳になった。
  寒い風が吹き抜ける中、私は百合の花を右手に、左手には水の桶を持ち、りかこの墓がある場所に向うため階段を一段一段のぼっていた。
 小さな墓石の前に足を止め、私は持っていた百合の花を置いて、墓石に水を撒き、手を合わせてしばらくの間黙り込む。
 「来るのが遅くなってごめんね、今日は忙しくて大変だったんだ。怒らないでね」
 祈るのを止め、私はりかこの墓の前に話し掛けた。
 私は今年から看護学校に通い始め、多忙ながらも充実した日々を送っている。
 将来は人の役に立つ看護師になって、りかこの命を救えなかった分多くの人を助けたい。そう思ったから。 
 今日、りかこの墓の前に来たのは、りかこの誕生日だからである。
 私は、りかこの誕生日には、りかこが大好きだった百合の花を贈るのを毎年欠かさない。
 この日だけは、どれだけ遅くなっても必ずここに来る。
 青さが空から消え失せ、代わりに紅い模様が広がる。もうすぐ暗闇の世界が空を染める様子が目に見えた。
 「私が謝るのはこれで何度目だろうね、考えてみれ数え切れないほどに「ごめん」って言ったと思う。友達にもよく言われるんだ。「ありがとう」を沢山言えるようになりなよって
 本当は謝罪よりも、感謝の言葉のほうが心が温まるよね」
 私は頬にかかる髪を耳にかけた。
 親友を失ったことを幾度となく悔やんだ。りかこが死んでから見る夢は決まって中二の頃の喧嘩。私の罪悪感の表れなのだろう。
 仲を修復できるチャンスがあると思った矢先に、りかこは交通事故でこの世を去った。
 何回も、何千も後悔した。もしも私が風邪を引いていなければ、りかこは死なずに済んだのではないのかとずっと悩んだほどに。
 「……りかこに今まで黙っていたけど、上手く話すことができなかったんだ」
 苦しい受験を潜り抜け、私はどうにか高校に入学する事はできた。
 しかし、りかこの死によって心に残った傷が原因で、新しい友達を上手く作ることが出来ず、人との接触を避けるようになってしまったのだ。
 私のせいでまた誰かが傷つくのではないのだろうか? そう考えるだけで、楽しい会話や授業に関する言葉は私の心の奥底に封印され、私はろくに会話ができずクラスで孤立した。
 受験の時は別の友達の支えがあったが、私が入学した高校では同級生が一人も入らず、私は事実上ひとりぽっちとなったのだ。
 「聞いたら怒るだろうけど、何度も死にたくなったの、私がもしも風邪を引かなかったらりかこは死なないで済んだんじゃないかって思ったから」
 私は長袖を捲ると、私が作った無数の傷跡を見せる。中学二年から高校生活の間につけたもの。
 りかこが亡くなってから、友を失った心の痛みに耐え切れず。何回か自分で手首を切ったのだ。しかし、死に至らず傷跡が残った。
 私は自らが傷つけた右手首をそっと握り締める。
 「親に知られて凄く怒られた上に頬を引っぱたかれたの、命を粗末にするんじゃない、りかこちゃんの分も生きるのって……りかこがいなくなっても、私は独りじゃないんだって思えたの」
 高校入学から約三ヶ月後、私がカッターに手首を当てている時に母に見られてしまい、そのことがきっかけで、私が自傷行為をしていることがばれてしまった。
 無論、父にも知られてしまい、私は両親の叱咤を受け、それがきっかけで私は病院に行く事になった。
 病院を通じ世話してくれる看護師を見て、将来は看護師になりたいと考えたのだ。本当に単純な理由だけど、私の気持ちに嘘は無い。
 両親を説得させることに時間はかかったけれど、今年晴れて看護学校に入学する事ができた。
 今は自傷行為も収まり気分も落ち着いている。将来に対する目標ができたからだと思う。
 こうして傷を見せたのも、過去との決別のため。
 今までは気持ちの整理がつかず、見せることもできなかった。自分を傷つけているなど言えばこの場で眠るりかこも怒るだろうから。
 「周囲の人に励まされて思ったんだ。私はまだ死んではいけないって
 りかこの分まで生きて、苦しんでいる多くの人を助けたいんだ」
 私は長袖を元通りにし、りかこに決意表明をする。
 看護師になるための勉強は難しいけど、授業に置いていかれないように努力している。苦手だけど、少しずつ友達との交流を始めている。
 りかこの死はとても悲しかったけれど、結果としては私に数々の財産をくれた。無駄にしないためにも、私は精一杯生きようと思う。
 父、母、学校で出会った友達、そして亡くなったりかこのためにも。
 「良いことばかりじゃないけど、私は頑張ってみるよ……だから見守っていてね」
 私は立ち上がり、空になった水の桶を持ち、りかこの墓に背を向ける。
 「また来年来るね、その時はもっと早く来るように心がけるよ」
 そう言い残し、私は元来た道を戻った。冷たい風が全身に当たる中で。
 
 私は、りかこ一緒にいた時間をずっと忘れない。
 存在がなくなっても、思い出が消えることはない。私の友達は心に居続ける。
  
  −完−

  

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