風紀委員と来訪者 作者:ねる

夜空の携帯がけたたましく鳴り、夜空は電話に出た。
『どう? 夏祭りは楽しんでいるかしら?』
「何の用だ」
夜空は憎しみを込めて言った。
電話をしてきた人物は、彼が嫌悪する相手・楼蘭からだ。
『今ね、本殿で面白いことが起きてるわ』
「……俺には関係ねぇ」
『じゃあ、忠告しておくわ、誰かが止めに入らなければ一人の少女は不良少年に殴られて死亡
 創楽学園はたちまちマスコミが押し寄せるでしょうね』
"マスコミ"と聞き、夜空は目の色を変える。
夜空は過去の経験から、日常を壊しにくるマスコミが嫌いだ。
「クソがっ!」
激昂し、夜空は電話を切った。

「てめっ、霧峰、何しに来やがった!」
慧は起き上がり、夜空に食って掛かる。
「あのイカれ女に頼まれて来てやったと思えば、お前の仕業か」
夜空はさらりと返す。
訳が分からなかった。明美が人から聞いた話では夜空は人と関わりを持たない人間だという。
更には喧嘩も強く、他校の不良からも恐れられているという。
明美を含む女子生徒も、夜空の近寄りがたい雰囲気を恐れて接触を避けていた。
彼の発言を聞く限り"イカれ女"の依頼で、後輩の自分を救いに来たようだ。
彼が言う依頼人とは誰のことなのか?
どちらにせよ、明美は窮地から救われたことには変わりない。
すると夜空は明美の方を見た。彼の赤い双眸が鋭く輝く。
「お前がいると邪魔になる、向こうにいってろ」
夜空は短く言うと、慧の方を見る。
明美は「助けていただき有難うございます」と礼の言葉を述べ、夜空を背にして後ろ側から逃げた。
「明美ちゃん!」
聞きなれた声が明美の耳に届く。
本殿の前には雪乃と寮の先輩である茄奈の姿があった。
「雪乃ちゃん……阿部さん……」
明美は早足で階段を降り、二人の女子と交流した。
その直後に、男子二人が殴り合う音が響いた。喧嘩が始まったらしい。
明美の顔を見るなり、茄奈が驚きの表情を見せた。
茄奈だけでなく雪乃も目を丸くしている。
彼女等を見る限り、自身の状態はよほど酷いようだ。
「あんた……どうしたのその顔」
「ちょっと理由がありまして……」
「伊澄だね、あいつならやりかねないな、女の子を殴るなんて最低な奴だよ」
茄奈は怒り交じりに言った。
「とにかく伊澄のことは霧峰に任せてこの場を離れよう、あんたの治療をしないとね」
「そんなことをして大丈夫ですか?」
明美は二人の男子の方に目を向ける。慧も夜空も止まる気配が無い。
「心配いらないって、今は自分のことを考えな」
「行こう」
茄奈と雪乃に背中を押され、明美は本殿を離れた。
二人の男はまだ戦っていた……


三人の女子は寮に戻った。
本当ならば保健室行きだが、知り合いに顔を見られたくないという明美の要望で寮にしたのだ。
明美は茄奈に治療を受けている中で、雪乃に経緯を訊ねた。
明美に悪いと思いつつ雪乃は、寮の先輩である茄奈に事情を話し協力してもらうように頼んだのである。
夜空が明美を助けに来たのは、雪乃が楼蘭に時間をかけて説得した努力の結晶とも言える。楼蘭と夜空は関わりがあり、彼女を通して連絡をお願いしたのだ。
何故夜空なのかと言うと、慧とまともに戦い合える人物だからだ。
ちなみに居場所が分かったのも、楼蘭が本殿に仕掛けてある隠しカメラのお陰である。

 

治療を終え明美は、この地点で初めて自分の顔を鏡で確認する。
あまりの酷さに言葉を失う。
両頬は腫れ上がり、口が裂け、慧の暴力がどれほどの影響を自分に残したのかを思い知った。
……お母さんがこんな顔を見たら悲しむだろうな。
明美は頬を手に当てる。
どれだけ自分が無茶をしたのか、改めて痛感した。
「私ができるのはそれ位だよ、気が進まないだろうけど、保健室に行った方が良いよ」
茄奈は明美の隣に立つ。
茄奈とは合わない人物だと思っていたが、嫌な顔一つせず明美を治療してくれたのだから、彼女への認識を改めなければならない。
「有難う……ございます」
明美は礼を言った。
さっきまで保健室行きを躊躇っていたが、自分の顔を見て行くことに迷いは無くなった。
「いいって、困った時はお互い様だろ、私はもう行くけど大丈夫?」
茄奈は訊ねる。
忘れていた訳ではないが、茄奈は御影兄妹と弁当を売っているのだ。貴重な時間を割いてくれたのも明美達のことが気がかりだったからだ。
よく見ると茄奈の容姿は黒色のメイド服でねこみみが可愛いらしい。
「私が明美ちゃんを保健室に連れて行きます」
「倉木が側にいるなら安心できるな、星野、ちゃんと行くんだよ」
茄奈は手を振って、部屋を後にする。
残されたのは二人の少女だけになった。
「……ごめんね明美ちゃん、放っておけなかったの」
茄奈がいなくなったのを確認し、雪乃は謝る。
明美に釘を刺されても、余計なことをしたと思ったからだ。
彼女の正義感のお陰で助かったのだから、むしろ礼を言いたい。
もし雪乃が行動を起こしていなかったら状況は悪化していた。
顔だけでなく、体にも危害が及んでいた可能性もあるからだ。
「私のことは良いよ……問題は伊澄が雪乃ちゃんに何かしないかそっちの方が心配だわ」
明美は雪乃の身を案じた。
明美が雪乃達と交流してからすぐに、慧は雪乃を睨み「倉木、後で覚えてろよ」と刺々しく言い放ったのである。
「心配いらないよ、伊澄の扱いには慣れてるから」
雪乃は笑いかけた。


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