風紀委員は終わらない 作者:ねる

空が暗くなっても、大巳神社の屋台には人が絶えない。
明美は一人で屋台を回っていた。
「今年も賑わっていていいな」
明美は呟く。
雪乃は陽彩と共に行動しており、明美は風紀委員の仕事のため、後で交流することになっている。
明美が歩いている間にも、木に登っている者や、屋台を走り回る者、屋台の順番を守らない者などを注意してきた。
「あっ……」
見覚えのある姿に、明美は足を止める。
そこには茄奈の姿があった。
昨日、明美と雪乃が利用した「あにこすっ♪」である。
「阿部さん!」
明美は早足で、茄奈の元に近寄る。
茄奈は昨日と変わらない黒色のメイド服でねこみみという井出達だった。
「星野か、もう顔の方は大丈夫?」
茄奈は訊ねた。
「お陰様で……昨日は有難うございました」
明美は軽く頭を下げて、礼を言う。
「あの後、あんたの事凄く心配だったんだ、元気そうでよかったよ」
茄奈は明美を見た。
夏祭り一日目が終わってからも、明美はずっと部屋で過ごしていたので、茄奈の顔は見ていない。
こうして茄奈と直接会うのは一日振りである。
「心配おかけしました」
「いいって、あんたとこうして会えただけで安心したよ」
茄奈と話していると、陽向が店から顔を出す。
彼女の手には弁当が山積みになっている。
「あっ、明美さん、こんばんわ」
陽向は挨拶をした。
「こんばんわ、昨日はクッキー有難う、とっても美味しかったわ」
明美は微笑んで手を振る。
茄奈は陽向の弁当を半分持った。どうやら売りに行くらしい。
「じゃあまた後でな……あっ、そうそう」
茄奈が明美に近づく。
「あんま無理すんなよ、ほどほどにな」
明美は目をぱちくりとさせる。
茄奈の口から労いの言葉が出るとは思わなかったからだ。
「……はい」
茄奈のアドバイスに明美は素直に答えた。
明美は茄奈と陽向の後姿を見送る。
二人の姿が人ごみに消えたその時だった。

『あまり頑張り過ぎないでね、お姉ちゃん』

喧騒にも関わらず、懐かしい声が聞こえた。
明美は周りを見回すが、声の主はいない。
当たり前だ。声の主は今でも眠り続けている。
空耳かと思ったが、その割にははっきりしていた。
声の主はきっと明美の側にいる。姿が見えなくても……
温かな言葉を掛けたのも、ずっと明美の様子を見ていたからだ。

「そうね、程ほどにするわ……」
明美は妹の名を最後に囁き、白いヘアバンドに手を触れる。

その後、明美は雪乃と陽彩と合流し、空に上がる花火を眺めた。
花火は美しい輝きを放ち、見る者達をうならせる。
「うっわぁ、綺麗だわ」
陽彩は両手を伸ばした。
「あいつも見に来れば良かったのになー残念っ!」
「……雨宮君のこと?」
明美は訊ねた。陽彩と葉月は幼馴染同士である。
時折二人が一緒にいるのを見かける。
「あいつったら、誘ってもそっぽ向いちゃって結局帰っちゃった。付き合い悪いのよ」
陽彩は顎に指を当てた。彼女の癖である。
話している間にも、花火は上がる。
その花火を見るなり雪乃は「あっ」と声を出す。
「どうしたの?」
「あれ……」
雪乃が指を差すのを明美が見ると、花火にはこう記されている。
『わたしの推理にハズレはないっ』
どう考えても陽彩が書いたものだ。
夏祭りの一日目では、陽彩は推理をする機会を得たが当たらなかったという。
陽彩らしいメッセージである。
「陽彩ちゃん……」
雪乃が苦笑いを浮かべる。
陽彩は頭をかいだ。
二人の少女が談笑していると、花火は再び空に上がる。
『夏祭りでも規則は大切よ』
それは明美が書いたメッセージだった。
メッセージを見るなり、反応したのは陽彩だった。
「明美ちゃんらしい、真面目な所が出てるね~」
陽彩は明美の体に腕を回す。
「ちょ、陽彩ちゃん!?」
「わたしはちゃーんと規則は守るわよっ」
「もう……」
明美は笑った。

花火は延々と上がり続け、人々の目を惹きつけた。
二日間の夏祭りは美しい花火と共に幕を閉じた……

だが風紀委員の日々は終わらない。
違反者がいる限り……

 

終わり


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