風紀委員と幼馴染・その1 作者:ねる

「あーけみん!」
聞き覚えのある声に、明美はふり向く。
明美の幼馴染・櫻庭翔太が手を振って、走ってきた。
「翔太くん」
翔太は笑ってた。
だが、明美の顔を見るなり、彼の表情は一気に曇る。
「どうしたの? そんな顔して」
明美は訊ねる。
翔太の顔色が変わった理由が分からないからだ。
翔太は真剣な顔で、口を開く。
「その傷どうしたんだよ」
翔太は唇の絆創膏に気付き、指摘する。
彼も明美の先輩・茄奈と同じようなことを口にして、明美は言うのを渋る。
「これは……その……」
明美は視線を泳がせ、どう言おうか迷う。
思い出したくない記憶が蘇り、うまく言葉が出ない。
明美が躊躇う様子を見て、翔太は勘付き、手を力強く握る。
「伊澄だな?」
翔太の声には憎しみが篭っていた。
夏祭り前日に慧が明美を手を上げたと聞かされたときも、今のように怒りを露にしていた。
翔太は近しい人間が傷つくと、後先考えずに突っ走る。
明美は翔太が慧を殴るのを阻止するため、時間をかけて彼を説得した。
「……」
明美は黙ったまま首を縦に振る。
下手に隠していても、どうせばれるからだ。
「あいつ……許せねぇ!」
声を荒げ、翔太が走り出そうとするのを、明美は彼にしがみつく。
翔太は明美に構わず、前に進もうとする。
「やめて! 翔太くん!」
「あいつはどこにいる! 一発ぶん殴ってやる!」
明美は興奮する翔太を解放せずに話をした。
「伊澄は謹慎処分で一ヵ月半は学校に来ないわ、探しても無駄よ!」
「ならあいつを探し出して半殺しにしてやる!」
「やめてよ! そんなことしても嬉しくない!」
明美は涙目で言った。
翔太なら慧を見つけて、彼の顔面をボコボコにするに違いない。
翔太は空手を習っており喧嘩には慣れている。慧とも互角に戦えるだろうが、明美は自分のことで幼馴染に喧嘩などしてほしくない。
「気持ちは嬉しいけど、自分を傷つけるようなことをしないで! 翔太くんに何かあったら嫌なの!」
明美は翔太の制服を引っ張る。
翔太を思うからこそ、言えることだ。
もし翔太の身に何かあったら、悲しくて風紀委員どころではない。
明美の気持ちが届いたようで、翔太は動かしていた足を止めた。
「あけみんは……悔しくないのかよ」
翔太は訊ねてきた。
まだ納得しきっていない様子だった。
「暴力は暴力しか呼ばないの、何もいいことは無いわ」
明美はきっぱりと言った。
悔しくないというと嘘になるが、やり返したとしても、余計に事態をこじらせるのは分かっている。
それに手を上げてしまえば、慧と同レベルになってしまうし、規律を見張る風紀委員としても失格になる。
「伊澄のように理不尽な暴力を振るうより、弱い人を守った方が良いでしょ? 私はそうしたいの」
「……」
さっきよりも落ち着いた表情で翔太は、明美の話に耳を傾けている。
「翔太くんも本当に困っている人のために力を使ってほしいの、空手を教わったのもそのためでしょう?」
翔太が空手を習ったのも、元々は人を守るためだということを本人から聞いた。
翔太は忘れているようだが、明美は忘れていなかった。
「そうだけど……」
「だから、伊澄に仕返ししないで、私は大丈夫だから」
翔太は明美の顔を見る。
そして握りこぶし解く。どうやら慧を殴りに行くことはやめるようだ。
「あけみんがそこまで言うならやめるよ」
翔太の口からその言葉が出て、明美はほっとした。
「……有難う」
明美はほんの少し笑った。
安心した途端に明美のお腹が鳴る。朝食をしっかり摂っていなかったのだ。
お腹を押えるものの、ずっと鳴り響き、明美は頬を赤く染める。
幼馴染に恥ずかしい部分を見られたからだ。
「ちゃんとメシ食ったか?」
翔太は突っ込む。
「た……食べてないわ」
「駄目だよ、ちゃんと食わなきゃ、朝メシは一日の生活を送る上で必要なことだぜ」
明美は視線を反らす。
さっきとは立場が逆になってしまったからだ。
「一緒に行って何か食べようぜ」
「ええ……」
明美は翔太と共に、屋台へと向かった。


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