風紀委員は悔いる 作者:ねる

明美はグロリアと共に保健室に来た。
保健室の先生が、冷えたタオルを持ってきて明美に当てた。
「大丈夫?」
「はい」
先生の問いかけに、明美は軽く頷く。
タオルが熱を帯びた頬を心地よく冷やす。
「他はどこも痛まない?」
「平気です」
明美は答えた。
保健室の先生は明美の前に座り、真剣な表情に変わる。
「何があったのか説明してくれる? 顔の腫れからして誰かに殴られたものね」
明美は視線を下に向ける。
先生は真実が知りたいだけなのだろう、明美から情報を聞き取り適切な処置を取る材料にしたいのだ。
慧がしたことはれっきとした暴力行為で、保護者の呼び出しは当然だが、謹慎処分は免れない。
だが、明美にとっては傷口を抉られる思いだった。
慧の鋭い目つきが明美の脳裏に蘇る。正直言って怖かったし、思い出したくない。
その反面、慧の暴力から言流を守りたかった。彼の明るい笑顔が消えるのは耐えられない。
雰囲気を察し、保健室の先生は口を開いた。
「辛いことを聞いてごめんなさい、今言いたくなかったら無理に言わなくて良いわ、日を改めましょう……私は寮母さんに連絡します。迎えに来てもらいましょう」
先生は明美の隣にいるグロリアに目線を向ける。
「エナムさん、星野さんを見ていてもらえる?」
「分かりました」
先生は席を外し、机にある電話を掛けた。
先生が話している間に、明美はグロリアの顔を見た。
「先輩、迷惑をかけてごめんなさい」
明美は頭を下げて謝罪する。
グロリアは何時ものように穏やかな表情だった。
「迷惑だなんてとんでもないです。それより痛みませんか」
「心配ないです」
明美は口を緩める。
ヒリヒリと痛むものの、タオルのお陰でさっきより大分楽になった。
「明美さん、一つだけ約束してもらえますか」
「……何ですか」
グロリアが声色を変えたことに、明美は緊張した。
「今後無茶はしないこと、それと安易に「死ぬ」と言わないで下さいね、明美さんに何かあったら親しい人が悲しみますから」
グロリアの指摘に、明美は急に恥ずかしくなった。
慧との対立で頭に血が昇っていたとはいえ、命に関わる言葉を口走っていたことが悔やまれる。
明美には意識不明で眠る妹がいる。妹が目を覚ました時に、明美がいなかったら絶望するに違いない。
……私、何でばかなことを言ったんだろう。
明美は自分の行いを反省した。
「以後注意します」
沈痛な面持ちで明美は言った。

数分後、明美は迎えに来た寮母と共に保健室を出た。
「明美さん、帰り道は気をつけてくださいね」
グロリアは校舎の玄関で立ち止まった。
まだ仕事が残っているらしい。
「今日は何から何まで有難うございました。あ、そうだ!」
明美は制服のポケットからパンフレットを取り出し、グロリアに手渡す。
「これは?」
「写真部のパンフレットです。お時間がありましたら来て下さい」
明美は微笑んだ。
先輩の晶と共に手作りで作成したものである。
「あと、陽彩ちゃんと、雪乃ちゃんと一緒に創楽学園の七不思議っていうのも考えて作りました。
理科室で展示してありますので……」
頭をかいで明美は言った。
創楽学園の七不思議はクラスメイトの陽彩が、成績優秀な明美と雪乃の力があれば素晴らしい七不思議が作れると提案したのである。
始めは断っていたが、陽彩が粘り強く説得してくるため、了承せざる得なかった。
ちなみに七不思議の出来栄えは中々のもので、クラスメイトや知っている後輩に見せたところ好評だった。
理科室の展示も「雰囲気を出すためよ」と強い要望で陽彩が考えたのだ。
「あ、忙しいなら無理しなくて良いです。今日お世話になったせめてもの恩返しです」
明美は言った。
今日グロリアには何度も救われた。なので少しでもお礼がしたかったのである。
ただグロリアは仕事柄、多忙なのだ。なので無理強いはしない。
「分かりました。出来るだけ時間を作って行きます。せっかく誘ってくれたのですし」
グロリアはパンフレットを丁寧にたたんでポケットに入れた。
「ゆっくり休んでくださいね、明日また会いましょう」
「はい」
明美は明るく返事をした。
明美は寮母と共に校舎を後にした。

空は赤色から、黒色へと変わっていった……


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