自分の部屋に戻り、制服からパジャマに着替え明美はベッドに横たわる。
寮に帰ってくるなり、雪乃が心配していた。
慧に叩かれたことを話すと、かなり怒り、危険を顧みずに慧へ抗議する恐れがあったので説得した。
「雪乃ちゃん、心配だな……」
明美は天井を眺めて呟く。
話をしたが、雪乃は完全に納得しきっていなかった。
雪乃は明美と並んで正義感が強く、悪いことを見過ごせない傾向がある。
恐れているのは慧に明美の件を説教をして、余計に事態をこじらせることだ。
彼と交流があるとは言っても相手は危険人物なので、慧が雪乃に手を上げないとは限らない。
「明日、もう一度話してみよう」
明美は部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込む。
時間は午後十時、明日のことを考えると早く眠ってしまいたかった。
……と、その時だった。
明美の携帯がけたたましく鳴り響く。折角眠ろうとした矢先だった。
「誰よ……こんな時間に」
憂鬱な気分になった。夜遅くに電話するのはどう考えても非常識である。
明美は携帯の画面を見ると「龍前言流」と書かれている。
「龍前くん……?」
いつまでも鳴り響く携帯を止めようと、明美は出てみることにした。
「もしもし?」
『明美先輩こんばんわ~言流で~す』
言流は昼間と変わらない元気の良さだった。
「龍前くん夜遅くに電話はしちゃダメよ、人に迷惑がかかるわ、次からは気をつけてね」
明美は携帯電話に手を当てて喋る。
『は~い、ごめんなさい』
言流は素直に謝ったが、相変わらず反省しているようには聞こえない。
このまま電話を切るわけにもいかず、明美は訊ねた。
「で、どうしたの? 」
『明美先輩のことが心配になったから、電話をかけたんだ』
言流は更に続けた。
『楼蘭先輩に聞いたんだけど、慧先輩に殴られたって本当なの?』
明美はため息をつく。
言流の話がきっかけで、あの時の瞬間や、痛みが脳裏に蘇る。
無論、言流も悪気はないのだろう、純粋に明美の身を案じているのだが電話を切りたい衝動に駆られた。
しばらくして明美は「……ええ」と答える。
『もしかして蛇のことを教えたから?』
言流の口調は普段と違って真剣みが帯びていた。
いつもは明るい彼も、人に危害が加わったと聞けば、変わるのも仕方が無い。
彼は単に慧を驚かすために、秘密を明美に話したのだ。
だが言流の気持ちとは裏腹に、明美に災難が降りかかったのである。
『ごめんね、僕……』
言流の声が沈んだ。
「気にしないで、龍前くんを責めないわ、むしろ感謝してるのよ」
明美は言流をなだめる。
悪い部分ばかりではない、慧の暴力から男子生徒を救ったのも言流のお陰だ。
「ただ一つだけ言っておきたいんだけど、しばらくは虚首さんと接触するのは慎んだ方が良いわ、伊澄は秘密を誰がバラしたのか探ってるから」
明美は落ち着いた口調で言った。
言流が楼蘭と頻繁に会っているのを明美は見ている。もし慧が勘付けば最悪の事態に向かう。
慧の蛇嫌いを言流に教えたのも恐らく楼蘭だ。彼女の人間観察ぶりはクラスでも有名。
元に明美も楼蘭から誰にも知られたくない秘密を言われ、顔から火が出る思いだった。
「龍前くんのためを思ってるから言うの……約束できる?」
『うん』
言流は残念そうに答える。
言流から楽しみを奪い気の毒だが、やむ得ない。
「分かったなら良いわ」
明美は暗い話を打ち切った。
「そういえば、龍前くんも夏祭りに参加するよね?」
気分転換を兼ねて、明美は明るい話題に変える。
すると言流は「ふふっ」と笑った。
『もっちろんだよ、ぼっくんは友達と一緒に屋台を回るんだ。かき氷の早食い競争もするんだよ~今から楽しみだな』
言流は元の明るい口調に戻った。
切り替えの早さはある意味関心する。
「食べ過ぎてお腹怖さないでね、また明日学校で会いましょう」
『は~い、気をつけま~す』
「じゃあ、お休みなさい」
明美は電話を切り、携帯を閉じる。
創楽学園中学部に入学してから、毎年行う夏祭りが楽しくて仕方がない。
理科室で陽彩と雪乃と共に創作した七不思議を生徒に語り、夜は大巳神社で盆踊りを踊る。
明美は目を閉じた。
明日が最高の日になると信じて……