風紀委員は少女と語る・その2 作者:ねる

「歓迎するわ……人間図書館管理室へようこそ、明美」
明美が屋上につくなり、最初に会ったのは楼蘭だった。
楼蘭は薄っすらと微笑んでいた。
「歓迎してくれて嬉しいわ、虚首さん」
茶色い袋を手に、明美は楼蘭に笑いかけた。
明美の顔には暴力の痛々しい痕跡が残っている。保健室の先生に診てもらい、数日経てば腫れも引くと聞いて安心した。
平手打ちだったため顔に痣が残るようなことが無かった。それだけが幸いと言える。
「明美先輩っ!」
言流が明美の元に駆けつけてきた。
いつもの可愛い笑顔とは対照的に、思いつめた表情だった。
「龍前くん……」
「ごめんね……僕が慧先輩の秘密を話したせいで……先輩をひどい目に遭わせちゃった……」
言流はふわふわとした口調とは違い、真剣さが帯びていた。
彼の様子からして、楼蘭と一緒に自分が殴られる映像を見ていたのだろう。
慧と聞き、明美は忌まわしい記憶が蘇り、表情を歪めたが首を横に振る。
明美は言流を抱き寄せた。
「もう終わった事よ、伊澄は当分学校に来ないから、復学した時には忘れているわよ」
明美は言流の金髪を撫でた。
慧は明美に対する暴力行為により、担任から一ヵ月半の自宅謹慎と、反省文の提出を言い渡された。
更には慧の親が呼び出され、担任が直々に「今後このような事を起こしたら退学です。二度とこのようなことをさせないようにお子さんに指導して下さい」とはっきり言いきったのである。
グロリアにもずい分心配され、陽彩もカンカンに怒っていた。
彼がしたことを考えると、仕方が無い。
「だからこの話は止めよう……ね?」
明美は言流に語りかけた。
言流が事態の重大さを受け止め、反省すればそれで良いと思っている。
いくら明るい言流でも、秘密を伝えたことが原因で、明美の顔に傷を残したのだからショックも大きいはずだ。
その証拠に言流は「うん……」と元気が無さそうに答える。
「言流、アンタは飲み物を買ってきなさい」
楼蘭は制服のポケットから財布を出し、三人分のジュース代を言流に突きつけた。
「できれば冷たいモノが良いわ、頼んだわよ」
「はい」
言流は楼蘭からお金を受け取り、ゆっくりとした足取りで屋上を後にする。
言流がいなくなってから楼蘭が口を開いた。
「……アイツはアンタの件が相当堪えたのよ」
「そうみたいね、いつもの龍前くんらしくないわ」
明美は表情を曇らせた。
元気が無い言流は気がかりになる。
「それより、アンタが持っている袋は何かしら?」
楼蘭は明美が持っている茶色い袋を指差す。
明美は楼蘭に袋を差し出した。
「今日、世話になったお礼よ、虚首さんのお陰で助かったわ」
明美は言った。
雪乃だけでなく、楼蘭の力が無ければ、明美は病院のベットの上にいたに違いない。
屋上を訪れたのも、楼蘭に感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
「何が入っているの?」
「クッキーよ」
茶色い袋の中には夏祭り限定の創楽学園のシンボルである五芒星を象ったクッキーが入っている。
しかし楼蘭は涼しい顔をしたまま受け取らない。
「もしかして甘い物……嫌い?」
明美は表情を少し曇らせた。
クラスにいても楼蘭と接触する機会は少ない、よって彼女の好き嫌いなどは知らない。
楼蘭も女子なので甘い物が好きだと思いクッキーを買ったのだ。
しかし、女子だからといって必ずしも甘い物が好きだとは限らない。楼蘭は甘い物が好きじゃないタイプなのだろうか
だが、楼蘭の口から出た言葉は意外なものだった。
「そのクッキー、アンタが作ったものじゃないかって思ったのよ」
「えっ」
「アンタ、西和晶に差し入れで手作りのクッキー渡したのはいいけど、その後大変だったでしょう?」
楼蘭に言われ、明美は顔から火が出る思いだった。
明美は部活の先輩である晶にクッキーをあげたのだ。そう晶の誕生日祝いに。
晶は一口クッキーを食べた途端に、その場に倒れてしまったのだ。
明美は晶に謝罪したものの、晶にはこう言われた。
『星野さんのクッキー変わった味がするんだな』
恥ずかしい記憶が蘇り、明美は頬を赤くし、苦笑いを浮かべる。
明美は創楽学園でも有名なほどの料理音痴で、学園祭の出し物でも「食事系に風紀委員は関わらせるな」という決まりが出るほどだ。
「だ……大丈夫よ、クッキーは全部陽向さんが作ったのだから、味は保障するわ」
明美は安心させるように語る。
陽向は料理の腕は確かで、明美も試しに陽向のクッキーを一枚食べたが絶品だった。
「なら安心ね、有り難く頂くわ」
楼蘭は明美から茶色い袋をそっと受け取り、灰色のアスファルトの上に座る。
どうやらここで食べるようだ。
明美は楼蘭が考えていることが分かった。テントの中ではクッキーの屑が落ちて機械に支障が出ると困るからだ。
「隣座ってもいい?」
「良いわよ」
明美は楼蘭の隣に腰掛ける。
楼蘭は袋に入っていたクッキーをまじまじと見た。
「アンタさ、面白い特技を持ってるんだから、伊澄の弁当の中にアンタが作ったおかずを仕込めばいいんじゃないの? それはそれで楽しい物語になりそうね」
楼蘭の発言に、明美は頬を赤くした。
「そ……そんなこと出来るわけないでしょ!」
明美は必死に否定する。
どんな理由であれ、そんな姑息なマネはしたくない。
ちなみに慧は明美の料理音痴を知っている。
「さっきのアンタとは全然違うのね」
楼蘭はニヤリと笑う。
明美は複雑な表情を浮かべた。楼蘭の言う"さっき"とは本殿でのことだ。
「アンタを見させてもらったけど、屈しない精神力は中々のものだったわ、伊澄にとってみれば脅威に違いないわ」
「そう願いたいわ」
明美は頬をさすりながら言った。
あの時は必死だったが、よくよく考えると自分の本心をむき出しにしていた。慧に負けたくない一心で……
「伊澄が復学して、同じ行動を繰り返してもアンタは立ち向かう?」
楼蘭の問いかけに、明美は表情を変える。
肩書きが存在する理由を思い出した今、もう逃げる要因は無い。
「……立ち向かうわ、誰にも同じ痛みを味あわせたくないから」
明美は言いきる。
慧が苦手とする蛇など一切使用せず、対極の人間同士きっちりぶつかり合う。
「また殴られるかもしれないわよ」
「私以外の誰かが殴られるよりはマシだわ」
両指を絡ませ、明美は顎に当てる。
「ま、アンタの物語はこれからじっくり見させてもらうわ、今日のも面白かったけどこれからも楽しみだわ」
楼蘭は袋を手に取ったまま、立ち上がる。
彼女の口振りからして、明美に期待をかけているのは明白だった。
「クッキー美味しかったわ、後は言流にあげるけど良いかしら? アイツ甘い物好きだから」
「いいわ……って龍前くん遅いわね」
明美は扉を目にやる。
何かあったのではと心配になった。
楼蘭はスタスタとテントの中に入る。
「虚首さん……?」
明美は後を追い、テント前で止まる。
流石に本人の許可なしに入るのは気が引ける。テントは楼蘭の家だからだ。
しかし数秒後テントの中から「入っても良いわ」と楼蘭の声がテント内からした。
「良いの?」
明美は問いかける。
すんなり了承を得たとはいえ、人の家に入るのだから緊張する。
「雪乃から聞いたけど、元々この中に興味があったのでしょう?」
「ええ……」
「なら来なさい、このまま帰っても後悔するだけよ」
楼蘭は明美に釘を差す。
胸の中では楼蘭のテント内がどうなっているのか見たいと思っていた。
それに、今回の件で虚首楼蘭という少女のことを知りたくなった。同じクラスで一緒に勉強をしているのに、不明な部分が多いのも何だか寂しい。
テント内を覗けば、彼女が考えていることが理解できるだろう。
「お邪魔します」
意を決し、明美はテントの布を捲り、恐る恐る入室した。
中を見るなり明美は言葉を失った。テントの至る所にモニターがあり、そこには学校の映像が映し出されている。
「凄い……」
明美は口を大きく開く。
楼蘭のテント内に入ったのは今回が初めてだ。雪乃から聞いたが想像以上である。
映像の中にはラスティンとグロリアが話し合い、御影兄妹と茄奈が弁当を売っている様子、別のモニターでは篤志と晶が大巳神社を歩いていたり、同じクラスメイトの葉月が学校から出ようとしている……
暗くなった大巳神社ではティアとロリが大食い競争を繰り広げ、春樹と陽彩が傍観している。
色んな場面が明美の目に飛び込んできた。
楼蘭が各場所で子供達を仕掛けている証拠である。
まるで学校を手に取った気分になった。
楼蘭はこうしてモニターを監視しているのだ。人が繰り広げる物語を間近で感じるため……
そして自分にとって面白い物語を紡ぐために。
楼蘭の手が明美の肩を叩き、明美は我に返る。
「アイツはもうすぐ帰ってくるわ、校舎の二階を駆け上がってた」
楼蘭がそう言った直後だった。
屋上の扉が開く音がして
「ただいま~」
言流の元気な声が屋上に響く。
二人の少女はテントを出て、言流を迎える。
「遅かったわね」
「ごめんなさ~い、ジュースがどこも売り切れだったから学校の外にあるコンビニに行ってたんだ」
言流の手にはコンビニ袋が握られている。
明美は小声で楼蘭に訊く。
「さっきのモニターで龍前くんが帰ってくるのを見てたの?」
「そうよ」
楼蘭の答えは即答だった。
「ご苦労様、あ、そうそう、明美からクッキーを貰ったの、食べる?」
楼蘭は言流からジュースを受け取り、クッキー入りの紙袋をちらつかせる。
「食べる食べる! 明美先輩有難う!」

言流は元気良くはしゃぐ。
彼の反応を見ると、本当に甘いものが好きなのだ。
気付いたが、彼の本調子は戻った様子。切り替えの早さはいかにも言流らしい。
明美は言流を見て、つい笑ってしまった。
……やっぱり規律が乱れていないのが一番ね。
言流の可愛い笑顔を見るなり、明美は思った。

明美にとって夏祭り一日目は、色んなことを学んだ日だった。
理科室に行きそびれ、写真の展示会にも出られなかったが、明美には忘れる事のできない記憶として刻まれた。


風紀委員と来訪者 戻る 風紀委員は喫茶店に入る

inserted by FC2 system