風紀委員は少年の元に行く 作者:ねる

「君たち、もう喧嘩なんかしちゃダメだからね、ゲームでもルールは守るんだよ」
中学部の教室で、明美は二人の男子に注意していた。
いつものように明美が放課後内の校舎を巡回している時に、中学部の教室で言い争っているという一報を聞き、明美が駆けつけると二人の男子が取っ組み合いの喧嘩をしていたのである。
原因はゲーム内のアイテムを勝手に取られた事に腹が立ったという。
明美が二人の話を聞き終えると、お互い落ち着きを取り戻したのである。
「ごめん……」
左の男子が手を伸ばす。
すると右の男子はおずおずと手を伸ばし、左の男子の手を握り返す。
「俺こそごめんな」
二人は無事仲直りした様子だった。
教室が茜色に染まる頃だった。

指導室に戻り、明美は後日提出する報告書をまとめをしていた。
巡回していて気づいた事や、問題行動を起こした生徒に関して書いている。
「……最近、携帯ゲームって流行なのかな」
パソコンの手を止め、明美は先ほどの二人の後輩を思い出していた。
明美がこうしてゲーム絡みのトラブルで注意したのは、今回だけではない。
授業中にも関わらず、携帯ゲームで遊んでいたり、時にはさっきのようにゲーム内の些細なトラブルで喧嘩にもなったりする。
創楽学園は規則が非常に緩い。なので自由に遊び道具などを持ち込む生徒も少なくはない。
「グロリア先輩に相談してみようかな」
明美はパソコンに「携帯ゲームについて」と打ち込み保存をした。
明美としても、自由な規則をあれこれ変える気はない。生徒会長のグロリアと相談し、どうするのかを考えたい。
次は問題行動を起こした生徒についてだ。
無断で授業をさぼった者、言葉遣いが乱暴な者……明美はひたすら打ち込んでいた。
しばらく作業をしている内に、明美は一人の名前を目に入れて、手を再び止める。
『伊澄慧』
彼は明美と同じ学年で、暴力沙汰をよく起こす上に、授業をさぼることが多い。
いわゆる問題児である。
夏祭りの日、明美に暴行を加えて自宅謹慎を言い渡されてから、約一ヶ月が経つ。
あれから慧は学校に来ていない。
あと数週間で慧の謹慎は解ける。果たして彼はどうしているのだろうか?
「反省しているかしら……彼」
明美は慧の名前を見て呟いた。

 

次の日……
授業が全て終わり、明美は席を立つ。
丁度そこに、雪乃が近づいてきた。
「明美ちゃん帰ろう」
「ごめんね、ちょっと寄って行きたい所があるの」
明美は手を合わせる。
「いいよ、一緒にいくわ」
雪乃は快く引き受けてくれた。
明美は雪乃と共に職員室に行き、扉を叩いて「失礼します」と一声掛けて中に入る。
明美を含む高等部一年の担任は席について、お茶を啜っていた。
「あ、星野と倉木か……どうした?」
担任は訊ねる。
二人が同時に来るのは珍しいからだ。
「あの……先生、伊澄君は反省文を提出していますか?」
明美は聞いた。
雪乃が明美の顔を覗き込む。
「明美ちゃん……」
「ちょっと気になったからね」
明美は小声で伝えた。
担任は表情を曇らせる。見る限り慧は反省文を提出していないのは一目瞭然。
「先生も何度か電話をしたが、まともに相手をしてくれないんだ」
「……やっぱりそうだと思いました」
想像通りの展開に明美はため息をつく。
慧は担任にも噛み付いていたのを、鮮明に記憶している。
「伊澄……」
雪乃は困った顔をした。
慧の謹慎処分が解ける条件としては、反省文を書くことである。
期限が切れても反省文が提出されていなければ、反省していないとされ、謹慎は長引く。
一年留年したくない彼にとっては、自分の首を絞めることになる。
担任は明美と目を合わせた。
「星野、頼みがあるんだが」
「何でしょう?」
「伊澄の家に行って様子を見てきてくれないか」
担任の言葉に、明美は唖然とする。
足元がぐらつき、倒れそうになって雪乃の支えられた。
この担任は一体何を考えているのだ。慧が自分にしたことを覚えていないのか。
明美は加害者の家に行けと言っているのだ。
「何言ってるんですか! 冗談はよしてください!」
明美は人目を気にせず大声で叫ぶ。
「明美ちゃん」
雪乃が肩に手を当て、明美は頬を赤らめ、下を向く。
人がいる前で大声を出すのは、恥ずかしいのだ。
「先生が行かないんですか? 伊澄が明美ちゃんにしたことを考えると不適切です」
「雪乃ちゃん……」
雪乃はきっぱりと言い切る。
彼女の心強い言葉に、明美の胸は熱くなった。
雪乃が言うことは最もだ。他にも適任者がいるはずだ。
担任は額に手を当てた。その表情は悪い知らせを暗示している。
「実は先生も行ったんだが、伊澄は取り合ってくれなかったんだ」
「……それで明美ちゃんに行かせるんですか?」
「星野だけじゃない、倉木も同行して構わない、先生よりも年の近い生徒の方が話を聞いてくれる気がするんだ。頼む」
何とも無責任な発言である。
普通は生徒を守るのが先生の役目ではないのか?
明美の担任は教え方も上手くて、評判は良いが、気が弱いのが欠点である。
彼の悪い部分がはっきりと目に見えた。

少女達は職員室を出て、校舎を出た。
「明美ちゃんが行くことないよ、私が一人で行ってくる」
雪乃は手を強く握る。
明美の気持ちを察している。
慧が明美にしたことを考えると、慧との対面をさせるのを躊躇っているのだ。
「伊澄がどうしているのか、ちょっと気になってたし」
「私も行くよ、言い出したのは私なんだし……さっきは叫んだりしたけど、雪乃ちゃんに任せるのは無責任だわ」
明美は雪乃の顔をジッと見た。
言い出した以上、責任を持ってやらないといけないと感じている。
雪乃は困惑した表情に変わる。
「本当に無理しなくて良いんだよ? 直接本人にも会うかもしれないのに」
「平気よ、ほんの少しの時間会うだけだし」
明美はぎこちなく笑う。
本当は怖いが、やると決めたため、最後までやり遂げたい。
「早く行きましょう、遅くなったら相手にも悪いでしょうし」
明美は歩き出した。

 

二人の少女が慧の住んでいるマンションに来た時には、空は黒くなり始めていた。
「ここね……」
明美はマンションを見上げた。
表情には緊張の色が滲んでいる。
「明美ちゃん、こっちだよ」
雪乃はマンションの入り口に立って手招きしている。
明美は雪乃の元に歩み寄った。
「久しぶりだな、伊澄のマンション」
雪乃は呟く。
彼女の発言を聞く限り、マンションに来た事があるのだ。
明美は雪乃の案内されマンション内を移動し、『伊澄』と書かれている表札を発見した。
「ここだよ」
雪乃がインターフォンの前に立つ。
「本当に……大丈夫?」
雪乃は確かめるように聞いた。
内心では、胃がキリキリと痛み、冷や汗が額に溢れ、逃げたいという衝動に駆られる。
ここまで来た以上、逃げるわけにもいかなかった。
明美は深呼吸をして、意を決した。
「お願い、鳴らして」
明美は胸に手を当てる。
明美の決意に、雪乃は「わかったよ」と言い、そっとインターフォンを押す。
音が慧の自宅に響き渡り、やがて音は消え去り、静寂が戻ってきた。
しばらくの間、二人の少女は待ったが、自宅からは人が動き出す気配は無い。
雪乃は念のためにもう一度押したものの、やはり同じだった。
どうやら慧は外出中のようだ。
「いないみたいだね」
雪乃は残念そうに言う。
「どうする?」
雪乃に訊ねられ、明美は腕を組んで悩んだ。
緊張して来たのに、本人がいないのは拍子抜けである。
安心した反面、がっかりした。
「……しょうがない、手紙でも残して帰りましょう」
明美は鞄からノートを取り出し、一枚破いて、手紙を書き始めた。
もしかしたら、読まれずに捨てられるかもしれないが、それでも構わない。

 

『伊澄へ
あなたがいないようなので、手紙を残します。
先生から聞きました。まだ反省文を書いていないそうですね。
留年を回避したいのであれば、一行でも良いので反省文を書いてください。
手紙でも私にあれこれ注意されるのは嫌でしょう。
あなたがどうしようが、それはあなたの勝手です。
あなたの復学を願っています。  

追記
復学した際は、人に暴力を振ることは止めてください。 
私だけでなく、雪乃ちゃんやグロリア先輩も願っています。

星野明美』

 

明美は手紙を丁寧にたたみ、ポストの中に投函した。
少女達は帰路についた。

 

数週間後、慧は担任に反省文を提出して学校に復学した。
明美の手紙が彼の心に届いたかは不明だが……
慧が学校に戻ったのも束の間、廊下にて刺々しい声が響く。
「テメエ、何処見て歩いてんだよ!」
「す……すみません」
「すみませんじゃねぇだろ!」
慧は一人の生徒の胸倉を掴み上げた。
そこに明美が現れた。
「やめなさい!」
明美は大声を発し、二人の間に入る。
慧がこうして人に食って掛かるのは、夏祭り前日と同じ光景である。
「あなた……全っ然反省してないわね」
明美は鋭い声で指摘する。
「あなたの行動が改まるまで、言い続けるから、覚悟しなさい!」
明美ははっきりと言いきった。
風紀委員の奮闘は、まだまだ続く……


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