ワタシと君達は生きる長さが違う。
ワタシは天使、君達は人間
仕方ないのは分かっている。

ワタシが人間でないと分かっていても
君達はワタシを差別せずに仲間として扱ってくれた。

皆と一緒にいて楽しい。
毎日一緒で泣いた事よりも、笑う方が多い。
……でも、ワタシが君達と違うのを嫌でも痛感した。

小さな教会で、ワタシは純白のウエディングドレスを身に纏った女と、白い紳士服を着た男を眺める。
ワタシはライスシャワーを二人の新郎新婦に降りかけた。二人は幸せ一杯に微笑む。
 ……二人はかつてワタシと一緒に旅してきた仲間だった。
旅をする中で二人の間には恋が芽生え、旅が終わるとすぐに同棲し、遂に結婚となった。
 二人の仲の良さはワタシが見ているのも恥ずかしい位だった。人が見ている前でも抱き合うのは日常茶飯事で、挙句の果てにはキスまでしたのだ。何とも羨ましい。
 一度は性格のすれ違いで大喧嘩になり別れ話にまで発展したが、しばらくの冷却期間の後、仲直りしたのだ。
 良かった。相手の幸せが何よりも嬉しい。
 「お幸せに!」
 「元気な赤ちゃんを産んでね!」
 新郎新婦は、声の方を向き、新婦は「ありがとう!」と朗らかに言った。
 恋人すらいないワタシには眩しく見える。どう抗っても叶わない。心の中には嫉妬心が渦巻く。
 喜びの反面の、妬みの感情。
 悔しいけど、恋人を作れないのはワタシの力不足だ。
 ワタシの至らなさ、相手のせいじゃない。
 「どうしたんだよ、ラフィ」
 ワタシは名を呼ばれ、左を向く。
 そこには一人の少年がいた。ワタシの仲間のユラだ。
茶髪に綺麗な緑色の瞳が特徴的だ。ユラもワタシ同様に天使である。
 「さっきっからぽーっとして具合でも悪いのか?」
 「う……ううん、何でもない、ちょっと疲れただけだよ」
 ワタシは作り笑いを浮かべる。
 「ラフィ、向こうで休んでくる。すぐ戻るから!」
 ワタシは白い羽根を広げ、その場を後にした。
 
 ワタシは教会が遠くから見られる丘に降りた。
 「何やってるんだろう……ワタシは……」
 ワタシは草の絨毯で体を丸める。風が吹き背中まで伸びた髪が肌を触れる。
 祝福の最中に抜け出すなんて格好悪い。
 でも、素直に祝福できない。
 「みんな……ああやって変わってゆくんだね」
 ワタシは急に心細くなった。ワタシの周囲はゆっくりと……そして確実に変化している。
 前はユラの友達が遠い場所に働きに出て、先週は一番年下の子が高等学校に入学した、旅が終わって三年という月日が流れた事を痛感した。
 ワタシはこの先、数千年もの間、姿も変わらず生きなければならない。
 一部羨ましいという声もあるが、ワタシは嬉しくない。
 皆が死んでもワタシだけが生きているからだ。それも気が遠くなるほどの長い時間。
 仲間達がいなくなればワタシは一人。考えるだけで心が引き裂かれそう。
 ……嫉妬心が芽生えるのは、相手が限られた時間でも輝くように生きているからだ。
 比べてワタシは長い時間生きられるのだと安心しきり、時間を持て余していた。
 こんなんじゃ変わる筈がない。
 「う……」
 ワタシの頬には涙が零れる。別れる辛さもそうだが、自分に対する怒りも混ざっていた。
 皆が変わっていくのに、ワタシは変われない。
 心だけでなく、体も成長する。 
 ワタシは永遠に童顔で子供の体つきのままなんだ。天使が成長するなんて聞いた事がない。
 悔しい。歯痒い。
 「どっか行ったと思えば、こんな所にいたのか」
 ワタシが空を見上げると、ユラが背中から白い羽根を生やしてワタシを見下ろしている。
 「ユラ君……」
 頬に伝う涙を拭き、ワタシは立った。
 ……ユラは明るく社交的で、笑顔が絶えない。
 ワタシから見れば太陽だ。普段のワタシも彼の遊びによく付き合うが、毎回内容が変わり飽きが来ない。
 ワタシは両手を後ろに組み、ユラに訊ねた。 
 「何しに来たの?」
 「お前を探しに来たんだよ、皆が心配しているぜ、早く戻るぞ」
 ユラは地面に降り立ち、ワタシの腕を掴んで引っ張る。
 「ワタシは良いよ、皆だけでやってって伝えて」
 ワタシは両足に力を入れて一歩も動かなかった。行っても空しさが募るだけ。
 ユラは嫌そうな顔を浮かべる。ワタシが行かないことが困るのだ。
 「ばか、お前が来なきゃ結婚式が成り立たないんだよ」
 「どうして? ラフィはお客さんだもん、客がいなくなるのも自由でしょ?」
 ワタシは不快感を表した。戻りたくない。その一心で。
 嫉妬心ばかりではない、いずれやって来る永遠の別れが怖いからだ。
 会いさえしなければ傷つかずに済む。
 子供っぽい感情だけれども拭えない。
 「よくねーよ、ラフィが突然いなくなって結婚式を中断したんだ。皆が揃わなきゃやらないって新婦が聞かないんだよ」 
 「……」
 ワタシは黙り込む。世の中上手く回らないな……
 「なあ、オレで良かったら話聞くよ、何か悩みがあるんだろ?」
 ユラはそっと手を離した。心の重荷を減らす意味で、ワタシは同族の彼に気持ちを打ち明けた。
 確実に変わる仲間、仲間が死んでも生きなければならない苦しみも全て。
 話が終わると、ユラは軽く頷いた。
 「そりゃオレも感じるな、みんな変わったな、どうしてオレは人間じゃないんだろうって」
 「ユラ君もそう思う?」
 「当たり前だろ! この前なんかあいつに会った時に、お前は年取らないからじいさんにならなくて羨ましいなって言われたんだぜ
  ……ちっとも嬉しくないよ、あいつがじいさんになっても、オレはずっとこのままの姿なんだしよ」
 ユラの表情は悲しみに満ちていた。友達と共に年を取れないことが、苦しみを分かり合えない事が辛いのだ。
 老いと死に対する壁は、どんなに明るく振舞っているユラも感じるのだ。 
 ワタシだけでないユラもワタシと一緒なんだ。彼も彼なりに葛藤しているんだ。変わってゆく愛しき者達に対する戸惑いを。
 ワタシは恥ずかしかった。自分ばかりが苦しんでいるものだと思っていたからだ。
 「でもよ……オレはずっと一緒にいたい。限りある時間であっても友達は友達なんだからな、明日にも何が起きるか分からないんだし、一秒でも大切にしたいんだ」
 ユラはワタシから視線を反らし、空を見上げる。
 その顔は、先ほどの悲しみとは打って変わって爽やかだった。
 「それにこうも考えたんだ。あいつが子供を持ったら一緒に遊べるんだって。どういう風に遊ぼうかなって今から楽しみなんだよ
  万が一のことがあったら、あいつに代わってオレが守ってやれるしな!」
 「ユラ君……」
 「考え方を明るい方に変えると楽だぞ? 暗い方向に考えちゃ気分が滅入るしな」
 ワタシはユラの思考に感心した。
 一秒でも大切にする。ワタシに欠けていた点だ。人の死は避けられないけれど、懸命に生きることはできる。
 未来は考え方一つで変わるんだ。簡単なことを忘れていた。
 これからワタシは自分なりにやれることをしよう。
 ユラのお陰で気持ちが楽になった。嫉妬の感情が溶けて消えた。
 「……有難うユラ君、君のお陰で悩みが飛んでいったよ」 
ワタシは笑った。さっき泣いていたのが、悩んでいたのが嘘のようにすっきりした。
全部ユラのお陰だ。彼がワタシを救ってくれた。
 「結婚式に戻ろう! 待たせたらいけないしね!」
 「また何かあったら相談に乗るよ、一人で悩んでても解決しないだろ」
 「そうね、そうするわ」
 ワタシはユラに微笑み、一足先に空へ飛んだ。さっきとは違い青空が清々しく見えた。
 
 ……もう妬まない、ワタシはワタシなりに時間を有意義に使うんだ。
 悔いの無いように。

 ユラ、今後も宜しくね。

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 この作品は-春祭り2008-の参加作品です。

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