―――聖石さえ無ければ、世界も、人も傷つかずに済んだのに。

 「これで終わりよ」
 ミウは剣を血に染まった地面に倒れこんでいる魔王に向ける。
 そして、剣を魔王の心臓に突き刺した。
 「ぐああああ!」
 魔王は耳障りな絶叫を上げた。
 同時に心臓に植え込まれた聖石も、今の一撃に耐え切れず、魔王の体内で砕け散った。
 ミウの胸はちくりと痛んだ。魔王の体にある聖石で、今は亡き家族を蘇生させたいと考えていたからだ。
 ―――おじいちゃん、ごめんね。
 ミウは心の中で謝った。
 聖石は何でも願いを叶えてくれる石で、ミウも探し求めていたが、いち早く魔王が手に入れてしまい、世界を混乱と絶望に叩き落した。大勢の人が死に、森や家が焼け、人々から笑顔が消え去ったのだ。
 悪用される位ならば、壊してしまった方が良いと考えた末の決断である。
 これ以上魔王の好きにさせまいと、ミウは単身で魔王の城に乗り込んだのだ。
 魔王は少女の剣によって絶命した。

 世界は平和になった。
 人々に笑顔が戻り、壊れた国、建物の復興が進んでいる。
 ミウは一人の家族の眠る墓に来ていた。
 青空は澄み渡り、白い鳥が羽ばたく、本当ならば爽やかな空色だが心が沈んでいるミウには関係ない。
 「おじいちゃん、私……仇取ったよ、おじいちゃんの力が役に立った」
 ミウは剣を出し、墓石に向ける。
 祖父がミウに与えた形見だ。 
 魔王を撃破できたのも、元々はミウの祖父の厳しい修行があって成し遂げられた事だ。祖父は魔王の攻撃からミウを守るために命を落としたのだ。
 祖父を殺した際、魔王が見せた笑みは今でも記憶に焼きついている。
 「私ね、聖石を魔王から奪い返しておじいちゃんを生き返したかった。ずっとそのために戦い続けてきたの」
 ミウは胸の手を当て、更に続ける。
 「……けど、魔王を見て思ったの、あんな禍々しい力を使ってまで願いを叶えるなんて出来ないって」
 魔王は一つの大陸を消し飛ばし、自分に逆らった人間を魔物に変えて人々を襲わせ、女・子供関係無しに重労働を強制させた。
 聖石は望む願いを何でも叶えてくれるが、魔王が歪んだ方向に利用し人たちを苦しめていた。聖石は素晴らしい力があるが、持ち主を選ばないため、悪しき心を持つ者の手に渡るのは危険なのである。
 ミウは魔王を見て強大な力を持つ物の恐ろしさを痛感した。
 「おじいちゃんに会えないのは寂しい、今でも会いたいって思う」
 祖父はミウに限りない愛情を注いでくれた。誕生日には欠かさず贈り物を与えてくれた。ミウが正しい事をすれば手厚く褒め、もし悪い事をすれば厳しく叱ってくれた。
 ミウはそんな祖父が大好きだった。
 「いけないよね、死んだ人間を生き返らせるなんて、家族を失って苦しんでいる人々が沢山いるのに、私だけが幸せを掴むなんてそんなの不公平よね
 おじいちゃんだったらきっと……いや絶対に怒るわよね」
 祖父は曲がった事が大嫌いで、嘘やズルなどは特に許さなかった。歪んだ力で蘇生を行っても喜ぶはずがない。
 魔王によって、沢山の人間が大切な人を失った苦しみを抱えているのに、ミウだけが幸せを掴むなど出来なかった。
 「……私、自分の力をもっと人のために生かす、誰にも辛い思いをさせないためにも」
 ミウは魔王を倒した勇者として人々から称えられている。自分を必要としてくれる人のためにも、ミウは平和を守るために力を使おうと決意した。
 ミウは剣をしまい、祖父の墓に背を向け、その場を去った。

 ―――まやかしの力なんかいらない、人には人の強さがあるから……
 
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