親が本当にウザい。
人の携帯を勝手に見る、彼氏と付き合っているだけで文句を言う、極めつけは多少帰る時間が遅くなっただけで夕飯抜き。
ふざけんなって言いたい。
 頭に来たので、ちょっと困らせてやろうと考えた。
 親に対する荒治療って奴だ。
 
 あたしは煙草を吸いながら、ただいまも言わず玄関を入った。
 普段は言わなきゃいけないんだけど、困らせるために言わなかった。
 音に気付いて母があたしの元に駆け寄ってきた。
 母はあたしの変化振りに驚いている。
 「さやか、あんた一体何してんの?」 
 母はあたしに怒鳴った。
 ふっ、バカだなこいつ、こんなことで怒るなんて。
 「見れば分かるでしょ、き・ば・ら・しだよ」
 あたしはわざとらしく煙草を母にちらつかせる。
 母は顔を赤くして煙草を素早く取り上げた。
 母は祖母をがんで亡くしてから煙草が大嫌いになった、喫煙している人に対し文句を言うくらいだからね。
 今回は母の神経を逆撫でする作戦にしたの。
 「あんたは未成年なんだよ、吸っちゃダメじゃない!」
 「いいじゃん、あたしの体なんだし、壊したってあんたに迷惑かけないよ」 
 あたしは煙草をもう一本取り出し、口に含んで火をつけようとした。
 すると母は
言った。
 「そんな事をするなら夕飯抜きだからね、当分お小遣いも無しだからね」
 「勝手に言えば? あんたが作ったご飯なんか食べたくない」
 あたしは反論した。こいつはあたしをイラつかせることしか出来ないんだ。
 自分のしたことが空しくなり、煙草とライターを鞄にしまい込む。
 「テストの結果なんだけど、この通りだから」
 あたしは成績表を母に投げつけ、あたしは足早に階段を昇り、自分の部屋に鍵をかけた。
 するとその直後。
 「何なのこの点数は! こんな成績で大学に入れると思っているの!?  さやか下りて来なさい!」
 母は声を荒げるが、あたしは無視した。
 一々相手にしていられない。
 
それから二日後、あたしは母とケンカになった。原因はあたしが煙草を止めないこと。
 ああもう鬱陶しいな。
 「あんたねいい加減にしなさい、体を壊してからじゃ遅いんだからね」
 母は相変わらず頭ごなしに、あたしを叱り付ける。
 「人が何しようが勝手でしょう! 一々干渉すんなよ!」
 あたしは煙草に口を含んで煙を吹く。
 「そんなに止めたいんだったら、うるさい口をたまには塞いだら? そうすれば少しは考えるかもね!」
 「いつから生意気言うようになったの、 お母さんはそんな風に育てた覚えはありません」
 苛々が最高潮に達した。悔しい。
 あたしは手を強く握り締め、母親を睨みつける。
 うんざりだ、こんな奴の干渉を受けるのは。
 「 うるさいっ! あたしはあんたのように説教がましい母親の元に生まれてなんか来たくなかった! 」
 そう怒鳴りつけ、あたしは母に背を向け、足早に自分の部屋に逃げ込む。
 あたしは何度も呼吸をした。
 しばらくの間、あいつが来るかどうか様子を伺ったが、足音一つせず静かだ。
 いつもならあたしの部屋に来るのだが、この日に限って来なかった。
 ……あたしが言い放った言葉がよほど効いたのだろうか。
 友達が「どうして私を産んだの?」と聞いたら、母親は泣いたって言ってた。
 そりゃ、実の娘に面と向って言われたらショックだろうね。
 「もう、何考えてんだろう、あたしったら」
  あたしは頭を横に振って、ベットの中に潜り込んだ。下に行く気にもなれない。
 泣き顔なんか見たくないのが最大の理由だった。
 父が出て行った時に、あいつが大泣きしている見て以来だと思う。
 ……泣き顔を見るのはご免だ。
  
  あいつが頭を捻らせて、怒って、悩めば良い。
  あたしのことを、何から何でも拘束する親を許せなかった。
  あたしにだって自由が欲しいのに。 
  ただそれだけだったの。  

 次の日、あたしはあいつの顔を少し見ると、目は真っ赤に腫れている。
 ……泣いていたんだ。
  あたしは気まずさのあまりに謝罪せずに、母に一声もかけずにそのまま学校に行った。

 ―――だが、神様はあたしの行いを許そうとはしなかった。
  あたしに対する天罰は、あいつと口を利かなくなってから数日後に起きた。

 夕方、喫茶店であたしが彼氏の敏明と話し込んでいる時だった。
 突如、鞄の中に入っていた携帯が鳴り響く。
 あたしは敏明に「ゴメン!」と断り、携帯に出る。
 「もしもし」
 『隣の伊藤です』
 携帯から聞こえてきた声は、近所のおばさんだった。
 この人から電話が来るのは珍しい。
 「どうしたんですか?」
 あたしは自然と敬語になった。
 『さやかちゃん、今から言う事を落ち着いて聞いて頂戴
 ……お母さんが交通事故に遭って病院に運ばれたの』
 その言葉を聞いた瞬間、あたしの頭の中は真っ白になった。
 うそでしょ?
 おばさんが病院の名前と病室を教えてくれているが、重すぎる現実によって思考が鈍ってしまい記憶に残らない。
 あたしの心は現実を拒む。
 信じられない出来事だった。数日前に大ケンカしたのに、今では病院の中。
  心臓が高鳴り、呼吸が苦しい。
 「……い、大丈夫か?」
  敏明があたしの肩を揺さぶり、あたしに声をかけてきた。
 あたしは携帯をテーブルに置き、敏明に打ち明ける。
 「あたしの母さんが病院に運ばれたって……どうしよう……」
 あたしは涙を拭った。嫌とか、困らせたいと思っても、ケンカしても。
 結局あたしはあいつ……いやあたしを産んだ母が心配なんだ。
 重い現実に耐え切れず、あたしは声を震わせる。
 「俺もついてってやるよ、場所はどこだ?」
 敏明に言われ、あたしは少しの間考えると、一つの名前が浮かぶ。
 「○×病院よ」
 「そこならバイクであっという間だな」
 「あんたバイトはどうすんのさ……もう行く時間でしょ?」 
 「馬鹿だな、お前のことの方が心配に決まってんだろ! 早く行こうぜ! 」
 あたしは黙って頷くと、敏明と共に喫茶店を後にした。
 敏明の優しさにあたしは感謝した。 
 
  ○×病院に駆けつけ、あたしと敏明は指定された病室に急いだ。
  胸が苦しくてたまらなかったが無視した。今は母の安否を知ることが先決。
  「……っ」
 不安のあまり、あたしの瞳からは涙が溢れる。
  最悪なことが頭の中に過ぎるが、必死に振り払う、だって伊藤さんは詳しいことは言ってなかったじゃない。
  いや……本人はショックを受けていて、詳しく話せる状態ではなさそうだった。
  もしかしたら母は……もう。
  あたしは頭を強く振り、考えるのを止めた。母はあたしを置いていかない。 

  神様、母を守って下さい。
  そう祈りつつ廊下を走った。 

 病室に着くと、母が静かに横たわっていた。
 「母さん!」 
 病室に響く程の大声であたしは呼ぶと、声に答えて母はあたしの方を向いた。
 頭には白い包帯が巻かれ、顔には絆創膏が貼られている。
 怪我をしているが、いつもの母の顔がそこにあった。
 「さやか……」
 母の顔を見た瞬間、あたしは涙を流す。
 さっきまでの最悪な予想が一気に吹っ飛ぶ。
 良かった。本当に嬉しかった。 
 どんなに反発しても、こうして生きて会えたことに心の底からホッとしたのだ。
 あたしは涙を拭いながら謝罪する。
 「あの時はひどい事を言ってごめん……母さんを傷つけたね……あたし最低だよね……」
 傷だらけの母を前にして、今まで自分のしてきた事が急に恥ずかしくなった。
 鬱陶しいと思っていたけれど、一度失いそうになって分かった。
  数日間口を利かなくても、どれだけケンカをしたとしても。
 あたしには家族が必要なんだって。 
 「煙草も吸わない……ちゃんと勉強して大学にも行くよ……もう二度と母さんを困らせたりしない……
  本当にごめんなさい……」
 自分の気持ちを全て打ち明けると、母は黙ってあたしの手をそっと握りしめてくれた。
 その手は暖かく、そして柔らかい。
 「いいのよ、さやかの顔が見られただけでも、お母さんは十分だよ」
 母は穏やかに言った。鬱陶しいと思っていた声が、心に浸透する。
 もう反抗なんて馬鹿げたことは止めよう。肌の温もりを通してあたしは誓った。
 「良かったな」
 「うん……」
 敏明は微笑み、あたしもつられて笑った。 

 ―――その後、あたしは約束を守り、反抗するのをやめて
 身を入れて勉強に励んだ。
 
 母に喜んでもらいたい一心で。
 
  ものかき交流同盟 タロットの啓示祭りに参加した小説です。
 
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