暗い部屋内で、アークは水晶に眠る女性を眺める。
女性は肩まで伸びた金髪に、純白のドレスを着ている。彼女の寝顔はとても安らかだ。
アークが彼女を見る時の表情は、どこか寂しげである。
アークは水晶に手を触れ、女性に優しく語りかけた。
「セルリア、今日はこれだけの力が集まったよ」
右手から黒い球体を出し宙に掲げた。その途端に球体は眩い輝きを発し、水晶に包まれた女性の中に吸い込まれた。
アークが集めた生命力だ。
「君が目覚めるまでは、ずっと集め続けるよ」
アークは小さく笑う。
彼の口調は、闇の集団のリーダーとしての威厳を全く感じさせない。
眠る女性……セルリアは、アークにとってかけがえの無い恋人だった。彼が最も信頼して愛した女性だった。将来的には結婚するつもりでいた。
しかし神様は、彼がセルリアと結ばれることを許さなかった。彼女は事件に巻き込まれ、短い生涯を終えたのだ。
アークは彼女の死を受け入れることができず悲しみに暮れていた。セルリアを生き返らせる方法が無いか、世界中を巡って探した。
旅の途中で、アークは闇の魔法の存在が存在し、その中に人を蘇生させる禁断呪文もあると聞き、アークはひたすらに闇の魔法習得に執着するようになる。
蘇生の魔法を覚えるまでの間、数々の闇の魔法を使いこなせるようになった上に凄まじい魔力が身に付き、いつしか彼の元には彼の力に引かれて人が集まり、闇の集団が生まれた。
身を切りそうな過去を思い出し、アークは頭を振り、水晶に身をゆだねた。
「君の幸せは俺が守るから、誰にも邪魔はさせない」
アークは掌を強く握った。
眠るセルリアを包む水晶はアークが使用する禁断呪文であり、生命力を注入し続ければ、死人が蘇るという効力がある。
ただし、一定期間が過ぎると水晶に蓄えていた生命力が消えてしまい、集め直さないとならない。
彼がこうしてセルリアに生命力を与え続け、約三十年の月日が流れたが、術の制約もあって、セルリアは一向に蘇生しない。
「……今回も誰も殺めてないから、君の力も人間から集めた負の感情を生命力に変えたんだよ」
アークは冷たい水晶に額を当てる。
セルリアは心優しい女性で、人を犠牲にすることを嫌っていた。よって人間が放つ負の感情を集めて生命力にしているが、効力は半減する。
負の感情を集める理由としては、生命力に変換した時に一番強いからだ。
本来なら、人の生命力を直接捧げた方が手っ取り早いが、セルリアはそれを望まない。時間はかかるが、セルリアのためならば、どんな過酷なことがあっても耐える。
アークが部下を利用してでも、世界各地で悪事を働くのも、人々から怒り、不安、憎しみといった負の感情を集め易くなるからだ。
「俺は寂しいよ、君と話せなくてずい分時間が経ったから」
アークは自分の思いを吐き出した。
苦労をして、力を集めて注ぐも時間が過ぎれば力は失われ、集め直さないとならない。例え恋人のためとは言っても、辛くなることもある。
時にはやめたいと思うこともあるが、どうにか踏みとどまっている。
もう一度、セルリアの笑顔を見るという目的を達成するためにも、引き返すわけには行かない。
突如、部屋にノック音が響く。
アークが最も嫌いな瞬間だ。セルリアとの時間を壊されるからだ。
「何だ?」
アークは冷静に外の人間に訊ねる。
「申し上げます。討伐隊が出現し、複数の兵士が負傷しているとのことです」
軽く溜息をつき、アークは水晶から体を離した。
セルリアの恋人から、闇の集団のリーダーに戻るために。
「今行く、待ってろ」
険しい表情を浮かべ、アークは急ぎ足で、現実に戻るべく扉を潜った。

セルリア、もう少し待ってて
寂しいだろうけど、必ず君を救うから。
君が目覚めたら、今度こそ一緒に幸せになろう。

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