チェリクが前進すると、両脇の獣も主についていった。
 彼を襲いかかろうとする者には、獣達の雷と炎が容赦なく降り注ぐ。
 チェリクの両脇を歩く獣には覚えがあった。左側にいるのは鹿の体に背中に大きな羽根を生やしたのはフールフール、主に雷の攻撃を得意とする。
 右側いるのは外観は狼で、尻尾が蛇の形をしているのはアモンで、炎の攻撃を得意とする。
 両方とも、攻撃系の召喚獣である。
 「僕はあなたを許しませんよ……アディス」
 チェリクは憎しみを込めて呼び捨てにした。次の瞬間、フールフールの口から眩い閃光が放たれ、アディスだけに直撃し、後ろに吹っ飛んだ。
 チェリクが素早く鍵を動かすとスピカの横に、水色の体をした女性が出現した。彼女の名はハルタワートといい、怪我の治療の際に呼び出す。
 『主はとても気が立っています。向こうの方に行きましょう』
 ハルタワートは包み込むような優しい声で言った。
 彼女はチェリクが呼び出す召喚獣の中で、唯一人間の言葉を喋る。
 言われなくても、チェリクが詠唱無しで召喚できる地点で怒り具合が分かる。いつもの彼は詠唱しなければ召喚できないからだ。
 それだけではない、攻撃を受けた兵士のほとんどが、黒焦げになって絶命するか、命は助かっても深手を負い傷の痛みによって呻いている。
 チェリクの攻撃力が上がっている証拠である。
 足音を立てずに、スピカはハルタワートと共に部屋の隅に移動した。そしてチェリクの行動を見守ることにした。
 度が過ぎたならば仲裁に入るつもりである。
 ハルタワートに癒しの術を受けつつ、スピカは事の成り行きを眺めた。

 「これで準備は完了しました」
 チェリクはアディスを雷と炎が融合した牢獄に閉じ込めた。
 アディスは両腕を組んで、チェリクを睨む。
 「言っておきますけど、逃げようだなんて考えない方が身のためですよ」
 チェリクは落ちていたガラスの破片を牢獄に投げると、一瞬で消え去ってしまった。彼が逃げようとすると、ガラスと同じ運命を辿るという警告だ。
 「貴方にはいくつか質問があります。正直に答えてください、嘘をついたらどうなるか分かりますよね?」
 チェリクは低い声で言った。第二の制裁を加えるより先に、彼の口から情報を引き出そうという目的。
 攻撃を与えるのは簡単だが、肝心な部分を引き出してからでも遅くは無いと判断したのだ。
 スピカがやる事を、チェリクが代行する。
 「何を目的でスピカさんを呼び出したんですか?」
 チェリクは身を屈めて、アディスと同じ背丈となった。
 命の危険を察し、アディスは渋々口を開く。
 「この街が吹っ飛ぶ瞬間を見せるためさ、あと二十四時間後にはこんなちっぽけな街は消えているよ」
 ”街を消す”という物騒な言葉に、チェリクは顔面が青白くなった。
 「アーク様が作った新兵器だ。すげー破壊力だぜ、オレは一度見たけど山や森があっという間に消滅しちまったぜ」
 アディスは下品な笑い声を出した。
 彼の話が本当なら、ヨルムンガンドは新兵器の見せしめとして消え去ってしまう。
 「……つまり、あなたはスピカさんにこの街が消える瞬間を見させて、絶望の淵に突き落とそうと考えた訳ですね、友達という立場を利用して」
 「その通りさ」
 アディスは馬鹿にしたように言った。
 「ずっと長い間、本性を押し殺しての友達ごっこは大変だったけどな」
 この男の話を聞いているスピカはどういう気持ちだろうか、とてつもなく辛いに違いない。
 友達だと思っていた男は、実はアークのスパイで、スピカに大きな打撃を与えた。
 一つだけ解せないことがある。それはアークの目的である。
 なぜアークはスピカを執拗に傷付けるような真似をするのか。ハンスの件といい、アディスの裏切りといい、彼女を悲しませることばかり。
 「……アークはどうしてスピカさんを苦しめるんですか?」
 チェリクは聞かずにはいられなかった。アディスは溜息をついて、両手をオーバーに広げる。
 「それだったらアーク様本人に聞けよ、オレにも詳しいことは分からないんだ。単に美人だからとかいう理由だけじゃなさそうだぜ」
 アディスはからかい半分で言った。
 「貴方は知らないんですね」
 チェリクは確認するために訊ねる。
 「ああ、全然」
 アディスはそっけなく答えた。
 彼に質問した事により、アークが何を考えているのか理解できた。この街を二十四時間以内に消滅させること、闇の集団らしい破壊行為だ。
 それだけは何が何でも阻止しなければならない。
 「話していただき、有難うございます」
 チェリクは礼を言った。敵でも情報を教えてくれたからだ。

 アディスを炎と雷の牢獄に閉じ込めたまま、チェリクはスピカの方に目線を変える。
 彼女の許可なしに、アディスを好き勝手に出来ない。
 「スピカさん、アディスをどうします?」
 ハルタワートの治療を受けているスピカは、チェリクに訊ねられて表情を歪める。
 アディスには強い怒りを抱いている様子。顔を殴られたのだから、無理もなかった。
 「そのままの状態にしてルシア上官に報告しましょう……きっと怒っているでしょうけど、腹を括らないとね」
 スピカは短く言うと、憂鬱そうに溜息をついた。
 勝手に外出したことに対するお咎めを受けることは覚悟をしなければならないが、闇の集団の一員を捕らえたのは進展である。
 兵士達が起き上がらない事を確認し、スピカはハルタワートに背を向けて、バックから青い水晶を手に取り、小声で暗証番号を唱える。
 水晶は淡い白い光を発し、間もなく、スピカが良く知る顔が映し出された。
 緑色の髪の女・ルシアだ。彼女こそスピカの上司である。
 『今どこにいるの? 困ったちゃん達』
 ルシアは表情を曇らせ、スピカに訊ねてきた。声色からして怒っているのが分かる。
 青い水晶は、討伐隊の隊員同士が連絡を取り合う際に使用する。
 「勝手な行動をして申し訳ありませんでした。自分とチェリクはヨルムンガンドのアパートにいます」
 自分の非を詫び、スピカは今までの経緯を説明する。
 友に呼ばれ今の場所にいること、アディスの義兄から聞いた彼の過去、アパートで戦闘になりアディスを捕虜にしたこと。
 全て聞き終えると、ルシアは少しだけ笑う。
 『良くやったわ、今そっちに向っているからあと二時間で着くわ、くれぐれも捕虜を逃がさないで頂戴、そいつからは色々聞きたいことがあるからね』
 ルシアの怒りが和らぐ。
 闇の集団の一人を捕虜にしたことは、討伐隊にとって進展だからだ。過去に何度か敵を捕虜にした際も、貴重な情報を引き出すきっかけになったから。
 アディスからも、まだ聞いていない情報を引き出そうと考えているようだ。
 喜びも束の間、ルシアの話は終わらなかった。
 『でもね、勝手な行動は関心しないわ、キミの身勝手な行いによって人に迷惑をかけることは忘れないで欲しいな』
 「すみません……」
 スピカは再び謝る。
 覚悟はしていた。ルシアが行いをしつこく追求してくることを、よってスピカは低姿勢になった。反論すると、余計に怒りを買いかねない。
 反論すれば、こちらに着いた際に、色々と注意することは目に見えている。
 ルシアはまじまじとスピカを見た。まだ言い足りないのだろうか。
 『ティハリム』
 「はい」
 『キミの目的は、何だっけ』
 突然の質問にスピカは言葉を失う。
 説教は謝罪して終わるのだが、この時に限ってルシアはやけ絡んできた。なぜそんな質問をこの場でするのか。
 チェリクが心配そうな目で、スピカを見た。空気が悪くなっていることを察したのだ。
 しばらく考えて、スピカは答えを述べる。
 「わたしの目的は、闇の集団を潰すことです」
 スピカははっきりと言いきった。
 ハンスのような犠牲者を出さないために、闇の集団をこの世から消したい、その一心で今まで頑張ってきた。
 辛い任務があっても、目標があるからこそ耐えてきた。これだけは譲れない。
 満足したらしく、ルシアは軽く頷く。
 『そうだよね、キミが入隊した時にそう言ったのを昨日のように覚えているよ』
 ルシアは疑うような目でスピカを眺めた。
 『けどさ、今のキミの行動は矛盾してない、自分で気が付かなかった? キミは友達のためだとか言って単独行動をしている。闇の集団と関係ないじゃない』
 鋭い指摘が、スピカの心に突き刺す。
 彼女の話は正論で、言い返すこともできなかった。スピカが後輩を連れてヨルムンガンドに来たのは友達だったアディスを救うためである。
 「ちょっと待って下さい、アディスは元に闇の集団の一員だったじゃないですか、関連性は十分にあります」
 チェリクが二人の間に入る。
 ルシアは余裕の表情を崩さなかった。
 『それはさっき判明した事でしょ、もし彼が闇の集団と絡んでなかったら、 キミ達がいない間に緊急任務が発生したら、 討伐隊にとって大きな損害なの、行動する前に考えてみた?』
 その言葉は間違ってはいなかった。よくよく考えてみれば私用などで、勝手に外出するなど許されることではない。
 友達の緊急事態だったとはいえ、最悪チームワークを乱す原因になりかねないからだ。
 恥ずかしさと悔しさが体中を駆け抜け、スピカの唇はぷるぷると震えた。
 「そこまで考えてませんでした。申し訳ありませんでした」
 スピカは下を向いて、声のトーンを落とす。
 泣きたい気持ちになったが、必死に抑える。
 言うだけ言ってすっきりしたらしく、ルシアは話をすぐに切り替えた。
 『二時間後に会いましょ、その間にゆっくり休んでなさい』
 「分かりました、上官も道中お気をつけて」
 チェリクが敬礼をすると、水晶の輝きは消え失せた。
 ただの青い水晶に戻ると、チェリクがスピカに声をかける。
 「大丈夫……ですか?」
 暗い表情でスピカは後輩を見た。ルシアの説教が相当こたえたようだ。
 「平気よこれくらい、心配いらないわ」
 スピカは苦笑いを浮かべる。後輩に醜態を見せたのが恥ずかしい。
 「やるべきことをやりましょう、この部屋に……」
 「ハダーニエルを張って敵を寄せ付けないようにしておきますから、スピカさんは別の部屋で休んでいてください」
 チェリクはスピカの言葉を先取りし、両脇にいる召喚獣とハルタワートに「ありがとう、ゆっくり休んで」と声を掛け、彼等をこの部屋から元の世界へ帰す。
 一度に四体以上の召喚を行うと、体に負担が掛かる。
 彼がハダーニエルを呼び、部屋に透明色の結界を張っている間も、スピカはルシアに言われたことをずっと気にしていた。
 ……わたし……何やってるんだろう。
 誰にも言えず、スピカは独りで抱えていた。

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