朝早く明美が教室に来るなり、一人の少女に、複数の女生徒が群がっているのが目に飛び込んだ。
 「アンタさ、どうして靴下なんかで教室に来てんのよ」
 「家が貧乏だからって、周りに迷惑掛けんなよ」
 一人の女子が机に蹴りを入れ、座っている少女は怯えた表情を浮かべた。
 よく見ると、少女は上履きを履いていない。
 少女の名は・沙織、家が貧しいため満足に風呂にも入れず、その事が原因で女子から度々嫌がらせを受けている。
 上履きが無いのも、女子が隠したに違いない。
 明美は女子達の間に入る。
 「あなた達、いい加減にしなさいよ」
 明美は凛々しい声で注意した。
 女子達の視線が明美に注がれる。しかし明美は怯まない。逃げていたら窮地に陥っている沙織を救えないからだ。
 「聞いてよ、こいつったら靴忘れたんだよ、普通さ忘れたりしないよね」
 大柄の女子が沙織の指を差す。
 彼女の目は悪意に満ちている。
 こうして彼女等を注意するのは今回が初めてではない、明美が幾ら言っても彼女等は沙織への仕打ちを止めようとしない。
 「そんなの嘘よ、あなた達がやったんでしょう」
 明美は苛立ち混じりに言った。
 普通の明美なら、決して口にしない言葉だが、今日に限っては違っていた。
 受験勉強のストレスもさることながら、些細なことで朝から妹と喧嘩をしたからだ。その上、委員長として同級生のトラブルを片付けるのだから、精神的な重荷が大きかった。
 苛立ちは相手にも伝わったらしく、女子は明美の胸倉を掴む。
 「なんだよ、アタシらを疑うって訳?」
 「日頃の行いが悪いからでしょ、言われたくなかったら春日さんに対する行いを止めることね」
 明美は言葉を止めなかった。
 この事が、女子の怒りスイッチを押してしまった。明美は壁際に吹き飛ばされ
背中には痛みが広がる。
 周りから悲鳴が上がる。
 「ふざけてんじゃねーぞ、テメェ」
 乱暴な言葉を吐き、女子はその辺にあった机を持ち、明美に近づいてきた。
 「前からテメェにはむかついていたからな、ぶっ飛ばしてやる」
 机を振り上げた次の瞬間、肩に激痛が襲った。
 明美が地面に倒れても、攻撃は止まなかった。何度か全身を叩かれている途中で、明美の意識は遠のいていった。
 
 最後に明美の目に映ったのは、哀れな視線を向ける沙織と、何故か笑い顔を見せるまりなだった。 

 明美が次に目を覚ました時、病室にいた。
 両親からはしばらくの間入院が必要だということを聞かされた。
 明美は自分の身に何が起きたのかを理解する。なぜなら左腕には包帯が巻かれ、動かすだけで酷い痛みが走る。
 「私を殴った子は逮捕されたのね?」
 明美は左腕の痛みに表情を歪める。
 父は「ああ」とだけ答えた。
 話の中には、明美に暴力を振るった女子の処遇も含まれていた。明美に怪我を負わせたのだから、当然である。
 「……学校はどうするのよ、私受験生なんだよ?」
 明美は親に質問をぶつける。
 来週にはテストがある。なので病院で過ごすとなると、テストを受けられなくなる。
 「テストのことだが先生が適切な対応をすると言ってた。今は体を治すことを考えなさい」
 父は諭した。言っていることは正しいが
 それでも納得はいかない。
 「春日さんはどうなるの?」
 明美は更に訊ねた。
 テストも大切だが、明美にとって気がかりなのは沙織のことだ。
 沙織の冷遇が簡単に解消されるとは考えにくい。一人いなくなったとはいえ、他の女子達がやりかねないからだ。
 明美が不在の間、沙織に対する嫌がらせが更にエスカレートする可能性がある。
 すると母が口を開いた。
 「春日さんなら心配いらないわ、だからあなたは自分のことを考えなさい」
 「どうしてそんな事が言えるの? 母さんも知ってるよね」
 明美の声には熱が入る。
 沙織の冷遇は子供だけでなく、親の間にまで知れ渡っている。 
 「明美、落ち着いて、春日さんのことは母さんに任せて、明日ね保護者会があるから、そこで話すわ」
  母は目を反らさずに言った。
  母がいう保護者会も、明美の件が絡んでいるに違いなかった。
 
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