「あんた最低よね、人としてどうよ!」
俺の前には三人の女子が取り囲む。
俺に仁王立ちをして話しているのは輝宮さんと仲がいい西尾香菜さんだ。
原因は俺が輝宮さんを傷つけることを口走ったからだ。
何か言おうにも、雰囲気が許してくれない。
西尾さんの言っていることは正しいので反論できない。
「輝宮さんは、内田くんの顔見たくないって」
「もし不登校になったら内田のせいだからね!」
「手紙でもいいからまりあに謝ってよね」
三人の女子は言うだけ言うと、俺に背を向けた。

俺はふと空席になった輝宮さんの席に目を向ける。

輝宮さんは俺の言葉が元で三日も学園に来ていない。

三日前、俺は自分でも最悪な過ちを犯したと後悔している。

 

俺と安雄は教室で話をしていた。
「お前も隅に置けないな」
「何が」
「女子にモテるなんてさ、オレにもお前の才能が欲しいぜ」
「安雄はまず女心を勉強しなきゃダメだよ」
「分かってるって!」
他愛もない話だった。
安雄がどうすればオレはモテるんだ? と聞いてきたので、俺なりにアドバイスしたんだ。
「ところで、お前輝宮のことどうするんだよ」
安雄がにやけた顔をして訊ねてきた。
「何でそんな事を聞くの?」
「お前あいつと仲いいじゃんか、恋人同士じゃないかって噂になってるぜ」
安雄はからかうように言う。
俺の鼓動は高鐘のように早くなった。
誰にも言ってはいないが、実は輝宮さんのことをずっと前から好きだった。
頭がいい所と人柄が俺の好みだからだ。でも彼女と接点を作るきっかけが中々なくて、時間ばかりが過ぎていった。
そんな中、輝宮さんが入院し見舞いに来て病室で元気そうな彼女を見てほっとしたのと同時に、彼女と接点が作れて嬉しかった。
退院以降、彼女との会話が増え、とても幸せだった。
そろそろ想いを告げようかと思っていた。

これが俺の本心だが、安雄に言うと、クラスメイトにばらし、輝宮さんに迷惑がかかる。
安雄は口が軽いため、大切な事を言うことができない。
なので俺は安雄が引くような嘘をつくことにした。
「輝宮さんは俺にとって都合のいい存在だよ」
胸が痛むものの俺は続ける。
「ちょっと優しくしたら、凝った弁当を作るようになって、勘弁してよって感じだよね。
見舞いに行ったのも、先生のうけを良くするためにやったんだけど、行きたく無かったよ」
「お前酷い奴だな」
想像通り、安雄は引きつった表情を浮かべた。
こんな嫌な話は安雄しか聞いていないはずだったが、教室に入ってくる足音で、俺は背筋が冷えるのを感じた。
「か……輝宮」
「聞いてたわよ、私が都合のいい女で悪かったわね」
輝宮さんの表情は怒りに満ちている。
話を立ち聞きしていたんだ。
輝宮さんが一歩一歩近づくと、俺と安雄は後ろに下がる。
それだけ輝宮さんが怖かったからだ。
「輝宮さん……」
俺は手を前に出して、輝宮さんを宥めようとした。
しかし俺の行動が気に食わなかったらしくて、輝宮さんは投げる体制をとった。
「内田くん……最低ーっ!」
輝宮さんは俺の顔に弁当箱を投げつけてきた。
まともに顔に当たってしまい、俺の意識はそこで途絶えた。


そして今に至る。
教室内の雰囲気は最悪と言っていい。誰も俺と目を合わせてくれないからだ。

 安雄も「ごめん」と謝っただけで、俺を避けた。

長い一日が終わり、俺は家に帰るなり、手紙を書くことにした。
一字一句心を込めて便箋に思いを綴った。これで輝宮さんが俺を許してくれるかどうかなんて分からないけど、やるしかない。

 

次の日俺は輝宮さんが住んでいる寮に赴いた。
「この手紙を輝宮さんに渡してもらえますか?」
寮母さんに、手紙を差し出すと、寮母さんは「分かったわ」と言って受け取ってくれた。
直接俺が手紙を渡すのも良かったが、輝宮さんの気持ちを考えるとできなかった。
「宜しくお願いします」
俺は頭を下げ、早足で寮を去った。

この日も教室内の空気は淀んでいたが、輝宮さんに手紙を託せたという希望が俺を支えた。

次の日
輝宮さんは学園に登校してきた。
彼女の姿を見て、俺は立ち上がって輝宮さんに声をかけようとした。
しかし輝宮さんの側には西尾さんがいたため話しかけるタイミングを逃してしまった。
でも輝宮さんが学園に来て良かったと俺は内心ほっとした。

その後、俺はどうにか輝宮さんに話しかけ、廊下に連れ出すことができた。
輝宮さんは冷たい目で俺を見る。
……誤解とはいえ、彼女を傷つけたことには変わりない。
「何の用」
輝宮さんは俺と目を合わせない。
「手紙……読んでくれたかな」
「手紙って寮母さんが渡してくれたものよね?」
「そうだけど」
「読んでないわ」
輝宮さんはトゲを含んだ言い方をした。
「あなたが書いた手紙なんか読みたくない。こうして呼び出したのも、先生に言われたからでしょ?」
「違うよ」
俺はきっぱり否定する。
「私教室に戻るわ。あなたの顔なんか見たくない」
輝宮さんは不快感をむき出しにして、俺に背を向ける。
「輝宮さん……」
俺は去っていく輝宮さんを見ることしかできなかった。
追って引き留めるべきだったかもしれないが、輝宮さんの背中が拒絶していたのでできなかった。

後々聞いた話だけど、輝宮さんが学園復帰したのは西尾さん達が励ましたからだった。

俺はその後、輝宮さんと話すことは一切なかった。
クラスの空気は中学時代が終わるまでずっと続いた。
自業自得とはいえ辛かった。
俺は学園から逃げたい一心で必死に勉強して、俺を知っている人がいない遠い高校に行くことができた。

輝宮さんとの誤解を解けないまま、時間が過ぎた。
同窓会で聞いた話では輝宮さんは結婚して、子供を産んだという。
輝宮さんが幸せなら俺はそれで構わない。

俺は今日も生きるために仕事に励む。
過去のことを背負ったまま……

 

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