明美は机に向かって英語の勉強をしていると、ベッドに置いてあるスマホが鳴り出した。
「誰かしら?」
明美はスマホを手に取ると「黒崎優」と表記されている。
明美は通信のボタンを押した。
「もしもし」
『久しぶり~優だよ』
相変わらずの優の声に明美は薄っすらと笑った。
「久しぶりって……一昨日話したばかりでしょ?」
『そうだったかな~まあ細かい所は気にしないでよ!』
優は明るく言った。
優は医大に進学した明美と対照的にバイトをしている。
ただ優の学力に問題があった訳ではなく、会場に行く途中で子供を庇って事故に遭い骨折してしまったのだ。
よって大学受験は断念せざる得なかった。
「進路は決まったの?」
『うん、保育士の専門学校に通うことにしようなかって思ってるんだ。来年には胸を張って学生になるから!』
優は病院に入院している間に子供と触れあったことで、子供と関わる仕事をしたいと思うようになったという。
入試試験は書類選考と面接があるそうだ。
『勉強は平気なの~? ちゃんとしないと僕に抜かれちゃうよ』
「大丈夫よ、順調に進んでるわ」
明美は言った。
勉強量は高校時代に比べはるかに多いが、何とか頑張っている。
「それより……話があるんじゃないの?」
明美は訊ねる。
電話があるのは大抵用事がある時だからだ。
『あ~そうだったよ、うっかりしてた』
優は気を取り直した。
『青鬼が結婚するらしいよ』
「優……そういう呼び方は良くないわ、輝宮先生でしょ?」
明美は呆れ混じりに注意する。
輝宮(かがみや)は明美が高校生の頃に世話になった教師である。
『大学生になっても風紀委員だね~』
声からして優は反省していない様子だった。
明美は軽く溜め息をつく。
「誰から聞いたの」
『あれ、姉さんは通話アプリ"サイクルス"使ってない?』
「使ってないわ」
明美は答えた。
優の言うサイクルスは一度入れたことがあるがあまりに煩わしくて外してしまった。
友人とはメールか電話で連絡をとるようにしている。
『入れた方が良いよ~何せ情報源は青木さんだから確実だよ』
優は高校時代の同級生の名を呼ぶ。
青木は病気が理由で入院していたため出席日数が足りず留年した女子生徒だ。
あまり話したことがない印象がある。
ただし優は青木と親交があるようだが……
「相手はもしかして木之本先生?」
『察しがいいね、そうだよ』
やっぱり、と明美は思った。
輝宮は木之本とよく一緒にいるのを明美は見かけていたからだ。
『広い場所で結婚式をあげるから飛び入り参加もできるらしいよ、姉さんも行くよね?』
「勿論よ」
『そう来なくっちゃね~僕もとびきり可愛い格好を考えておくよ』
「もう……」
優のテンションの高さに明美は苦笑いした。
優のことだから気合いの入った女装をするだろう。
だが人に迷惑をかけなければ構わないと明美は思った。
優に日程と場所を教えてもらい通話を終え、明美は久々に輝宮に会えることが楽しみになった。
「衣装を考えておかないとね」
明美は呟いた。
それからスマホで結婚式の衣装を調べ始めたのだった。

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