昼休み。
俺は学校の裏庭で、彼女と弁当を食っていた。
「はい、良樹くんあーんして」
俺の隣にいる彼女こと彩乃は、卵焼きを俺の口元に当てた。
彩乃は目がぱっちりしていて、髪はサラサラなストレートな女の子だ。
言われた通り俺は口を開けると、彩乃は卵焼きを入れた。
俺は彩乃の卵焼きを味わって食べた。
噛めば噛むほど、美味しさが舌に伝わる。
「美味い!」
口を空っぽにして、俺は言った。
俺が褒めると、彩乃は嬉しそうな表情になった。
「良かった。良樹くんの口に合って」
「彩乃の料理は世界一だ!」
俺は心を込めて言った。
彩乃は可愛いだけでなく、料理も上手い。
彼女にするにしても、申し分がない。
もし彩乃以上の彼女を求めたらバチが当たる。
「もう、良樹くんったら……」
彩乃は頬を赤らめた。
「もっと彩乃の弁当食いたいな!」
「そう言うと思って、一杯作ってきたよ」
彩乃は大きな弁当箱を俺に見せた。
バリエーション豊かなおかずが並んでいて、食欲をそそる。
俺は生唾を飲み込んだ。
「サンキュー! 彩乃!」
俺ははしゃいだ。
彩乃は俺を見て照れくさそうに微笑む。
俺は彩乃の笑顔が大好きだ。彼女のそんな顔を見られるなら俺は何だってできそうだ。

こんな楽しい時間がずっと続くと、俺は思っていた。
だが、神様が俺の幸せを打ち砕くとはこの地点では知らなかった。

俺は暗闇の中にいた。
本当に何も無い暗いだけの世界。
歩いても、歩いても、何も見当たらない。
俺は周りを見回した。彩乃さえいれば何もいらない。だが愛しい人の姿すらない。
俺は座り込んだ。
心なしか、頬に当たる風が冷たい
……一人は寂しい?
暗闇の中で、声が聞こえてきた。
「ああ、寂しいな」
気分を紛らわすように、俺は答える。
……だったら、今すぐ出してあげる。
突如、足元が黒い波のようにうねり出し、俺は目の前に転ぶ。
黒い波は止まらず、俺の体に絡み付いてきた。
両手足を動かし抗っても、波は俺を離さず、俺の全身を包み込んだ。

「!?」
俺は目を開いた。
「夢か……」
俺は何度も深呼吸をした。
今まで見ていたのが夢だったことに、俺は安心した。
あれが現実だったらと考えるだけで背筋が凍る。
彩乃がいない、ダチもいない、一人ぼっちの世界なんて嫌だからだ。
しかし、安心したのもつかの間、俺は自分の体に起きている異変に気づく。
俺は体を紐で縛られているからだ。
「何だよこれ……」
俺は両手を動かし、自力で外そうと試みたが、きっちり固定されているため解けない。
一体誰がこんな事を?
俺の疑問は、部屋の明かりがついたことで、解消された。
「おはよう藤原くん」
俺の前には、俺の元彼女・由香里が立っていた。
「由香里……」
由香里は虚ろな目で、俺を見る。
由香里は四ヶ月前に別れた彼女だ。
顔は可愛くて好みだったが、彼女の過剰な愛情表現に耐え切れなくなり、付き合ってからわずか三週間で俺の方から別れを告げた。
「やっと……藤原くんを独り占めできる」
「何言ってんだよお前……」
感情の無い由香里の笑みに、俺は嫌悪感を抱いた。
「俺を縛ったのもお前だな」
俺が訊ねると由香里は「そうよ」と白状する。
「そうしないと藤原くんが逃げちゃうんだもの、藤原くんは私のものだし」
「ふざけるな!」
俺は怒鳴った。
冗談じゃない、俺は由香里の玩具じゃない。
「俺とお前の関係は終わったんだ! だから解けよ!」
俺ははっきりと言った。
俺には新しい彼女・彩乃がいる。由香里とは今更やり直す気はない。
由香里はそっと俺に近づいてきた。
初めて会ったときは可愛いと思っていた顔だが、今はそうは思わない。
こいつの目が、正気ではないからだ。
「岡部さんのことは諦めた方が良いわよ」
由香里は訊ねてきた。
岡部とは彩乃の苗字だ。こいつの口から何で彩乃の名前が出てくるんだ?
嫌な予感がした。
「お前……まさか……彩乃に何かしたのか?」
俺は思わず口に出す。
俺を拘束する今のこいつなら、何をしてもおかしくない。
由香里はポケットから携帯電話を出し、俺に見せつける。
香里がボタンを操作すると、動画が流れた。
動画の中の彩乃は、恐怖で引きつった表情を浮かべていた。
彩乃は壁際に背中をつけた。
「や……やめて……」
声を震わせて、彩乃は嘆願した。
彩乃の瞳には涙が溜まっている。
「よせ……」
俺は声を震わせた。
彩乃が恐怖に歪んだ顔なんか見たくない。
俺の思いとは裏腹に、動画は進んだ。
「いやあっ!」
彩乃が声を上げると同時に、鈍い音が響き渡り、彩乃は瞳孔を大きく見開いた。
彩乃の胸には灰色の刃が刺さり、鮮血が流れ、服を染める。
「彩乃おっ!」
俺は携帯に向かって叫んだ。
「始末するのに、随分時間がかかったわ」
由香里は楽しげに語る。
俺の瞳からは涙が溢れた。
何で彩乃がこんな悲惨な最期を迎えなければならないのか?
考えるだけで俺の心は張り裂けそうだった。

彩乃の死を悲しんでいる暇も無く、俺は狂った彼女によって彩乃と同じ胸を刺された。
痛かったが、彩乃と同じ場所に逝けると思うとほっとした。

遠ざかる意識の中で、俺は彩乃の笑顔が眼に浮かぶ。
世界一俺が愛しい表情だ。

「これで永遠に一緒にいられるよ……彩乃……」

俺はそう呟いた。

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