エレンは一人で、アディスが拘束されている刑務所に面会へと来た。
「久しぶりだね、エレちゃん」
アディスは用意された席に着いて軽い口調で言った。
どこから見ても、エレンが知っているアディスと思われるが、裁判で見せた彼の悪態はエレンの胸にしっかり焼き付いている。
「元気そうで何よりだわ」
エレンは両手を強く握る。
彼と会うのは約半年振りである。彼の裏切りにより心が傷つき、立ち直るのに時間がかかったのだ。
「スッピーはどうしたの?」
アディスは腕を組んで、訊ねてきた。
「あの子は仕事で忙しいの、まあ忙しくなくてもアンタなんかに会いたくないでしょ」
エレンはきつい言葉を浴びせる。
これだけは言いたかった。どれだけ傷付けられたと思い知らせたかったのだ。
アディスは眉をひそめ、表情を変えなかった。
「ところで、何の用? オレも忙しいから要件は早めに済ませて欲しいな」
アディスは小指を耳に突っ込み、耳掃除をする。
彼の様子からして、エレンの言葉に動じていない。
「そうよね、もうアンタとはお茶を飲んで笑い合う仲でもないんだったわ」
エレンは口元を吊り上げ、席を立つ。
そして腰から、一丁の銃を取り出す。
エレンの眼差しは冷たく、相手のことをゴミとしか見ていないようだった。
アディスは表情を強張らせ、言葉を詰まらせる。銃口はアディスの額に向けられている。
「ど……どうしてそんなの持ち込めたんだよ」
アディスは全身を震わせていた。さっきの態度とは打って変わって怯えている。
面会をする際は、危険物を持ち込めないように、身体検査を実施している。
こうしてアディスの前に銃があること自体有り得ない。
エレンは持参していたバックの中から、古ぼけた兎の縫いぐるみを彼の前に見せつけた。
「アンタがくれた縫いぐるみの中に仕込んで持ち込んだのよ、縫いぐるみのことを問いただされときは、適当に答えたら、それ以上のことは聞かれなかったわ」
エレンは縫いぐるみを地面に放り捨て、眼鏡を上げた。
縫いぐるみはエレンが十七歳の誕生日を迎えたときに、アディスから貰ったのだ。
銃口を向けたまま、アディスの顔を覗き込む。
アディスは口をパクパク動かしたまま喋らない。彼女の大胆な行動に戸惑っている。
「心配しないで、アンタを殺そうだなんて考えていないから、アンタみたいなクズは殺すに値しないわ」
エレンはアディスに悪意をむき出しにする。
本当ならば強烈な裏切りをした彼を撃ち殺したいが、自分が血を手に染めれば、スピカが悲しむ。
銃の使い方は知り合いから教わったが、あくまで護身用のためで、人の命を奪うために使用するつもりはない。
「アタシね、一からやり直すために今住んでいる街を離れるわ、今日はその事を伝えに来たの」
茶色い髪をかき上げ、エレンは薄く笑う。
街の名前はあえて明かさない、アディスが出所しても、自分の元に来させないために。
彼とは完全に決別したいのだ。犯罪などを犯すくらいなら、前向きに生きた方が賢明だと思ったのだ。
次の街でも、薬剤師の仕事に就く予定である。
「間違えてもアタシを探そうだなんて思わないことね、もしもアタシの所に来たら……」
エレンは銃を天井に掲げ、引き金を引く。
鼓膜に叩きつける爆音が響き、天井の破片が降り注ぐ。
エレンが撃った場所は蒼い空が見えて、どれだけ威力があったのかが伺える。
もし人間が受けたらひとたまりも無い。
「その時は容赦なくアンタを撃つわ、スピカにも手を出したら承知しないからね」
エレンは銃に出ている煙を一息で消し、縫いぐるみを拾って、その中に銃をしまい込む。
「せいぜい自分の罪を償いなさい」
呆然とするアディスに背を向け、エレンは面会室を後にした。

数日後、エレンはヨルムンガンドを後にして、別の街に移り住んだ。
そこで、人生をやり直している。

戻る

inserted by FC2 system