まだ暑さが残る九月に蛍、美沙、父の三人で夕食を取っている時に、美沙が発した言葉から全ての始まりだった。
 「ねえ父さん、今度の誕生日プレゼントはパソコンがいいな」
 味噌汁を胃に流し込み、宮本美沙が父にねだった。
 「ちょっと美沙、今生活が大変なのは分かってるの? そんな高価な買い物できないわよ」
 箸を握ったまま宮本蛍が口を挟む。今の宮本家の生活は非常に厳しい、父の安月給と蛍のバイト代を足しても苦しい、光熱費、水道代、食費の全てを節約しているほどだ。生活費を切り詰めても赤字がでないだけでもマシだ。
 経済状況が厳しい宮本家で、高価なプレゼントを要求されても困る。
 「いいじゃん、パソコンの一台はあった方が便利だよ、友達はみんな持っているのに家だけ持ってないんだよ」 
 「パソコンなんて学校でやればいいじゃないの、別に無くても大して困らないわ」 
 蛍は学校で使うパソコンを使う授業で、間違えて提出用のデーターを消したり、素早くタイピングできず、パソコンがとても苦手なのだ。
 「お姉ちゃんは考えが古いんだよ、パソコンは便利なんだよ、音楽をダウンロードできたり、買い物だって楽にできるんだから」
 美沙の意見は一理ある。
 蛍のクラスメイトの中には安い値段で映画をパソコンで観覧したり、蛍が英語の課題に行き詰った時は、友人が英語に関するサイトを探し出してくれたお陰で助かった記憶がある。
 他にも電車の時刻を素早く調べることもできたり、ネット上の友達を作ることもできる。パソコンは苦手だが、美点を見れば便利そのものだ。
 しかしパソコンは高価なもの、たまに寄る電化店では一番安くても三〜四万はする。簡単にはでは出せない、もしも買うとしても月払いになるだろう。そうすればもう一つバイトを掛け持ちしなければ到底払いきれない。
 家族全体の生活の環境を変える物を買うのだから、美沙が何のためにパソコンを欲しがるのかどうしても聞きたかった。
 「何でパソコンが欲しいの? まさかだと思うけど遊ぶためじゃないわよね」
 蛍は真剣な面持ちで訊ねた。美沙は来年の三月に高校受験を控えている。遊ぶ目的のためにパソコンを使うのは、わざわざ自分の首を絞めるようなものだ。
 美沙の成績はなかなかのもので、このままの成績を維持すれば上の高校にも挑戦できる。蛍としては多少お金が掛かっても、美沙にはちゃんとした高校に通って欲しいと願っている。
 そのためにも、この時期に成績を下げるような行動は謹んでほしい。
 「そんなんじゃないよ、友達と意見交換のためだよ、分からない所が出てきたら一々電話じゃなくて素早くメールを打って聞きたいし」
 「本当に? ゲームとかしないわよね」
 蛍が心配するのも一つだけ心当たりがあった。美沙の携帯代は月々一〜二万が当たり前で、その原因は携帯にいくつものゲームを取り込んでいることが大きい。
 この前、美沙に携帯を見せてもらった時には、四百円台のゲームが三個入っており全てクリア済みとなっていた。
 ネット上にはゲームの種類が豊富で、ゲーム好きの美沙がパソコンを我が物にしようとする理由にするのも筋が通る。
 「しないよ、受験勉強のために使うんだから! お姉ちゃんも疑り深いね」
 美沙は口を尖らせる。疑われていることが嫌な様子だ。
 「悪かったわね、美沙の行動を見ていると心配で仕方ないの、美沙は昔から一つの事に夢中になると周りが見えなくなるでしょ」
 「約束するよ、遊ばずに受験のために使うって!」
 美沙は蛍から父に視線を向ける。
 「お父さん迷惑がかかるのは分かっているけど、どうしても必要なんだ。お願いしますパソコンを買って下さい! 一生のお願いです!」
 すると美沙は頭を下げた。最後に敬語を使うのは美沙らしくないが、彼女もそれだけ真剣のようだ。
 「天国で見ているお母さんにも誓います。遊んだりせずに学力向上だけに使うって約束します」
 「美沙……」
 蛍は妹の誠実な態度に目を丸くした。普段は家事も一切行わず。洗濯物をたたむことすらしないが、美沙も家族に迷惑をかけることに負い目を感じているのだろう。
 美沙が美沙なりに家族のことを考えていることに蛍は嬉しかった。
 黙って聞いていた父が口を開く。
 「おまえがそこまで言うのなら、一番安いのパソコンを今度の誕生日に買ってくるとしよう、ただししっかりと勉強するんだぞ、今年の行動は人生を大きく左右するからな」
 父がパソコン購入の許可を下した瞬間、美沙は席を立ち飛び跳ねながら「やったぁ!」と叫ぶ。よほど嬉しかったのだ。
 蛍は注意しようとしたが、美沙の笑顔を見て自分を制した。ゲームばかりする妹だと思っていたが誤解だったようだ。
 「ありがとうお父さん! あたし良い高校に行くために頑張るね!」
 美沙は箸をテーブルに転がして、リビングから走り去った。友達に電話するためだろう。
 「私もう一つバイト増やすよ、パソコン買うのは楽じゃないからね」
 蛍は笑顔で言った。
 「その必要は無い」
 「どうしてよ、父さんの給料だけでやっていくのは厳しいじゃない、授業の無い休日にコンビニでバイトするわ」
 「実は父さんの友人が中古のノートパソコンを譲ってくれたんだ。断ることもできずに今は押入れの中で眠っている」
 父の意外な発言に蛍は目を丸くした。父はお人よしな部分があり、嫌だとは言えず必要の無い物をよく買わされたり、譲り受けることはしばしば。
 「それって動くの?」
 「一度電源を入れたが問題は無かった」
 父はきっぱり言った。毎度悩まされる父の癖に今回だけは感謝した。これで高値を払ってパソコンを買わずに済むからだ。
 蛍は美沙が輝かしい未来を掴むことを、この先どんな困難があっても幸せになれることを願った。
 

 あとがき
 本当なら連載物にしようかと思いましたが、短編でどこまで伝えられるか挑戦したくてあえて短くしました。この話のテーマーは「家族」です。
 雰囲気が伝われば幸いです。読んで下さった方有難うございます。
 
 2007/2/28

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