穂希は不思議な空間に漂っていた。
無数の光が煌いては消え、明らかに非現実的な場所である。
足元は何もないのだが、柔らかいものを踏んでいるような感覚が伝わる。
……穂希。
聞き覚えのある声に、穂希は立ち止まる。
後ろを振り向くと、エリュシオンが立っていた。
「エリュシオン……?」
エリュシオンは寂しげな表情を浮かべていた。
表情を崩さないまま穂希に近づく。
「ここはどこなの?」
穂希は訊ねる。
不可思議な場所がどこなのか、どうしてここにいるのか? 穂希の記憶の中からすっぽりと抜け落ちている。
エリュシオンなら穂希の質問に答えてくれる気がした。
「穂希……落ち着いて聞いて欲しいんだ」
エリュシオンは真剣な口調で言った。
「この世界は君がボクと話し合うために、ボク自身が作り上げた世界なんだ。君は交通事故に遭って意識不明に陥っている」
真下が突然光だし、そこには眠っている自分と両親が見つめる姿が映し出される。
母の目元には隈ができて、父は疲れきった顔を見せている。
穂希の胸は酷く痛んだ。
もう一つの映像が出てきて、そちらも同じような場面だった。
「どういうこと? 私が二人……?」
訳が分からず穂希は立ちくらみがした。
自分が二人いるなどあり得ない。
……君は”分身のボク”に願いをかけたために、ずっと幻を見せられ続けてたんだ。
「幻を……?」
到底受け入れられる話では無かった。
エリュシオンは話を止めない。
……”分身のボク”は幸せにする幻をかけて、現実から目を反らさせる。到底本当の幸せを得ることはできない。
エリュシオンの言葉には信憑性があった。分身のエリュシオンは幻を人々にかけて偽りの幸せを与えていたが、不正がばれて神様に消される運命にあった。
もしかしたら今までの幸せも分身が見せた幻だったのかもしれない。
……君は今まで”分身のボク”によってずっと夢を見せられ続けてたんだ。
……駄目だよ穂希、彼の言うことを信じちゃ。
エリュシオンの話を遮り、もう一人のエリュシオンが突如右から現れた。
同じ顔が揃い、穂希は唖然とする。
……彼の言っていることはデタラメだよ、耳を貸しては駄目だ。
……ボクの言っていることが本当さ、君が今まで見てきたのは”分身のボク”の幻なんだ。
二人のエリュシオンは言い合った。
……穂希、このままでは、君は死んでしまう。
左のエリュシオンが過酷な現実を突きつける。
……君は死なないよ、あと数時間経てば君は目を覚ます。
右のエリュシオンは楽観的な現実を口走った。
……君が信じる方のボクの手を握るんだ。そうすれば君が望む世界に連れて行ってあげる。
穂希は二人のエリュシオンを眺める。
脳裏には一緒に過ごした時間を思い返した。エリュシオンは好奇心が旺盛だが、人の幸せを願う少年である。
……言っておくけど、左についていくと、君はまた冷たい世界に放り込まれるよ。
右のエリュシオンは意地悪なことを言った。
彼の言っていることは最もかもしれない。離婚した世界を選べばまた憂鬱な日々が始まる。
右を選べば目を覚まして幸せに満ちた毎日を送ることができる可能性もある。
左を選ぶとその逆である。
……右のボクの言っていることは嘘だ。右を選べば確実に君は死ぬ。
左のエリュシオンは穂希から目を反らさなかった。
穂希は思い出した。
エリュシオンは、優しくも時には厳しいことを言うことを。
決して人を困らせることを言わないことも。
どちらを選ぶか穂希は決意した。その気持ちが揺らがないためにも、すぐに身体を左側に動かした。
そして相手の手を握る。
「私はあなたの方を信じるよ」
穂希の声色には迷いが無かった。
「幻の幸せよりも、今ある現実を生きた方がずっと良いわ、両親の離婚は嫌だけど乗り越えて幸せを掴んでみせる」
その言葉に安心したのか、エリュシオンは穏やかに笑う。
右にいたエリュシオンは色々と文句を言ってたが、無視した。
……有難う穂希、ボクを信じてくれて。
次の瞬間、眩い光が真下に広がった。
……次に君が目を覚ました時には、ボクの声は聞こえない。
「どうして?」
……ボクは君の悲しみや迷いが具体化した姿だったけど、君の中にあったそれらの感情は晴れたから。

その言葉を最後に、穂希の意識は光に包まれた。
次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

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