「じゃあ……言うね
私の願いは両親の離婚を無かったことにして家族が笑いあって暮らせるようにしたい」
……君の願いはそれで良いんだね?
「それ以外は望まないわ」
穂希は迷い無く言った。
三人仲良く暮らせれば、それだけで良い。
……分かった。じゃあ目を瞑って。
穂希はゆっくりと目を閉じた。
真っ暗で何もない空間に、一人の少年が立っている。
挿絵に描かれた人物……エリュシオンだ。
……穂希、君の幸せはボクが保障するよ。
エリュシオンは穏やかに言った。
不思議なことが起きたのはその直後だった。白い光の洪水が押し寄せ、エリュシオンの姿は消え去り、白い空間が残る。
どこからともなく笑い声が木霊し、段々と大きくなってきた。懐かしく穂希がよく聞いていた声だ。
久々に温かく、安らかな気持ちになり、穂希は少し笑った。
穂希の意識はそこで途絶えた。

気づくきっかけになったのは肉の匂いだった。
目の前には肉や野菜が鉄板で焼かれている。
「もう食べて良いわよ」
母が穂希の顔を覗き込んできた。母は肉や野菜をひっくり返している。
穂希は右側を見ると、父が野菜を黙々と食べている。父は穂希の視線に気付き、こちらを見た。
「どうした、食べないのか?」
父が心配そうに言った。
「う……うん、食べるよ」
戸惑いながらも、穂希は肉や野菜を箸で摘む。
三人で食事をすることは約一年前あったもので、懐かしさと嬉しさが胸に交差していた。
父の仕事は多忙を極め、家に帰ってくることが少なくなり、休みの日は母とのいさかいが絶えず、しまいには離婚することになったのだ。
穂希は口に肉を運んでよく噛んだ。肉の味が広がり思わず口走る。
「美味しい……」
家族と食べるためか、とても美味しく感じられた。
「今日はお父さんの仕事が成功したから、そのお祝いに奮発していいお肉を買ったの」
母はにこやかに笑って父を見る。その目からは冷たさを微塵に感じられない。
父も母を見ると笑い返した。
様子を見る限りでは不仲では無いようである。
「お父さん」
恥ずかしい気持ちが沸きながらも穂希は父を呼ぶ。
父は穂希に視線を移す。
「仕事の成功おめでとう、これからも頑張ってね」
穂希は心を込めて伝えた。父は照れ臭そうに頬を染めた。

満腹になり、穂希はベッドに横になった。
両親は食事をしている間中、仲良く談笑していた。
あんなに楽しそうな二人を見るのは久しぶりである。
……ボクの願い、叶ったよね?
エリュシオンが話しかけてきた。
側にある本を穂希は手に取る。
「二人が笑ってくれると私も嬉しくなるわ」
穂希は言った。
「有り難う、あなたのお陰で変わったわ」
穂希は満足げな笑みを浮かべる。
まさか本当に願いが成就するとは思わなかったからだ。
エリュシオンは願いを叶えて穂希に幸せな気持ちを蘇らせてくれた。エリュシオンは本当の天使だと思った。
……どういたしまして。
エリュシオンは言葉を返す。

暖かな気持ちを抱き、穂希は眠りに落ちた。

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