兄妹が目を覚ますと、青かった空は暗くなっていました。
森は闇に包まれ、昼間とは違う世界を見せています。
「お兄ちゃんが休もうなんて言うから夜になったじゃない」
グレーテルはヘンゼルの服にしがみついて訴えました。
「文句なら家に帰ってから聞くよ、今は歩こう」
「……」
ヘンゼルは道に落ちている光る石を目印に、前に前に進みます。ここでグレーテルとケンカをしても何も解決しないからです。
「……お父さん、わたし達を置いていっちゃったね」
グレーテルは悲しそうな声で言いました。信じていた家族に置いていかれて傷ついています。
ヘンゼルは足を止め、グレーテルの顔を見ました。グレーテルは今にも泣きそうでした。
どんなに遅くても、空が夕焼けに染まる頃には迎えに来るのですが、今日に限ってお父さんは来ませんでした。
ヘンゼルはグレーテルの頭を優しく撫でました。
「好きで置いていったんじゃないよ、お父さんもきっと今頃後悔しているよ」
ヘンゼルはグレーテルを慰めました。お父さんはいつも兄妹を可愛がり、大切にしてくれました。そんなお父さんが子供を手放すなど絶対にありえないのです。
「貧乏じゃなければ昔みたいに豊かだったら幸せに暮らせるんだよ、だからお父さんを恨んじゃダメだよ」
「貧乏は嫌い、人を変えちゃうんだもの」
「そうだね、グレーテルの言うとおりだよ」
ヘンゼルは軽く頷きました。グレーテルもグレーテルなりに理解していました。家が貧乏だから余裕が持てずに、家族を捨てなければならないことを。
と、その時でした。
「ヘンゼル! グレーテル!」
大声が兄妹の耳に入り、二人は辺りを見回しました。良く知る声です。
間違えでなければ、お父さんの声です。
グレーテルは木と木の間からぼんやりと明かりがついているのを見つけました。
「お兄ちゃん、あそこ!」
グレーテルが叫ぶと、ヘンゼルは同じ方角を眺めました。
「僕達はここだよ!」
ヘンゼルは大声を出しました。
声に反応し、明かりが左右い大きく揺れ、兄妹のいる方角に近づいてきます。
「お父さん!」
グレーテルがとびきりの笑顔を浮かべ、真っ直ぐ走り、お父さんに抱きつきました。
ヘンゼルは二人の側に寄りました。
「怖い思いをさせてすまなかった……」
お父さんはグレーテルの頭を撫でて、二人に謝罪しました。目を赤くして瞳からは涙を零しています。ヘンゼルが思ったとおり、子供達を捨てたことを後悔していました。
ヘンゼルの心は温かくなりました。自分達を探してくれたからです。確かに捨てたことは許されることではありませんが、家のことを考えると、お父さんが可哀想でなりませんでした。
お父さんはグレーテルをそっと離し、ヘンゼルを見ました。
「お父さんが愚かだったよ、お前達を捨てても決して幸せにはなれないんだ。本当に悪かった。許してほしい」
「もう良いよ、こうして僕達は無事だったんだし、お父さんも好きでやった訳じゃないんだよね」
ヘンゼルは穏やかに言いました。
「お母さんは出て行ったよ、だから何の心配もない。皆で一緒に帰ろう」
お父さんは兄妹に安心させるように言いました。お父さんは二人を捨ててから家に帰った後、お母さんと話し合い、途中でケンカになりましたが、結局お母さんは家を出て行ったのです。
子供達よりも、自分の飢えをしのぐことしか考えておらず、もし子供を連れ戻すならば自分が出て行くと言って、話がついたのです。
その後は、日々の暮らしは裕福とは言えませんでしたが、毎日がとても幸せでした。
家族がいつも一緒にいるからです。
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