昔々、ある所にヘンゼルとグレーテルという兄妹がいました。
 二人は優しいお父さんと、意地悪なお母さんと一緒に住んでいました。
 そんなある日の夜のことでした。ヘンゼルは両親の話を聞きました。それは兄妹にとって恐ろしいものでした。 
 「このままじゃ、一家は飢え死にだよ、おまえは明日二人の子供を捨ててきておくれ、そうすれば生活は楽になるよ」
 「それでは……あの二人が可哀想だよ」
 「おまえはこのままパン一個の生活で良いのかい、あたしは嫌だね、一日でも早く暖かいスープが食べたいよ」
 お母さんの厳しい言葉に、お父さんはひたずら頷いているだけです。
 「大変だ。このままじゃ僕達は捨てられる」
 ヘンゼルはどうしようもない不安を抱きました。日々の生活は苦しく、今日は一日でパン一個という質素なものでした。
 ヘンゼルは両親に気づかれないように家を出て、地面に落ちている光る石を拾い集めました。
  
 次の日、兄妹はお父さんに連れられ、森にきのこ狩りへと出掛けました。
 道を歩く際、ヘンゼルは迷子にならないように昨晩拾った綺麗な石を落とします。
 「ねえお父さん、今日はきのこをどれくらい狩るの?」
 ヘンゼルは興味津々にお父さんに聞きました。お父さんはにっこりと微笑んで言いました。
 「沢山とるんだよ、お母さんを楽にするためにね」
 「わたしも頑張って美味しいきのこを一杯とるね!」
 グレーテルは目を輝かせお父さんの足元を一周しました。グレーテルも張り切っているようです。
 ヘンゼルはグレーテルに昨日のことを話したのですが、お父さんが酷い事をするはずがないと思っているのです。
 段々と森が深くなり、兄妹が踏み入れたこともないような所までやって来ました。
 お父さんは立ち止まり、兄妹に告げました。
 「お前達はこの辺りのきのこを狩っておくれ、お父さんは向こうの方を見てくるから」
 お父さんは兄妹に手を振り、林の中に消えていきました。
 グレーテルはきのこ狩りに胸を膨らませていましたが、周りには食べられそうなきのこが一本も生えていないことに気づき、がっかりしました。
 「食べられそうなきのこが全然生えて無いじゃん!」
 グレーテルはヘンゼルに訴えました。
 「昨日言ったろ、二人は僕達を捨てるって」
 「うそだよっ、お父さんはそんなことしないわ! お母さんが勝手に決めたことでしょ?」
 ヘンゼルは草原に腰を下ろしました。
 「僕だってグレーテルと同じ気持ちだよ、だけど食べられそうなきのこが一本も生えていないのは不自然だろ?」
 ヘンゼルは言いました。この辺りには毒きのこだけがびっしり生えていました。これではお母さんを喜ばせることはできません。お父さんの後を追いたかったのですが、下手に動いて迷子になるのを避けたかったので、我慢しました。
 グレーテルは毒きのこを一本抜き、木に向かって投げつけました。
 「お母さんなんか大嫌い、あんな人いなくなればいいんだわ!」
 グレーテルは憎しみを込めて言いました。
 お父さんは兄妹にいつも優しく接してくれましたが、お母さんは兄妹に意地悪ばかりしました。わざと道の険しい場所に水汲みに行かせたり、理不尽に叱ったり、時には手を上げたりします。
 そんなお母さんが兄妹はすごく嫌いでした。
 「グレーテル落ち着いて、騒いだら疲れるよ?」
 「お兄ちゃんは大人しすぎるのよ、言いたいことは口に出さなきゃ」
 二人の性格は大きく違っているのです。ヘンゼルは冷静で、グレーテルは明るく物事をはっきり言います。
 「今のうちに休んでおこう、家に帰るためにも余計な体力を消耗したらいけないからね」
 ヘンゼルは穏やかに言いました。
 グレーテルは少し考えた後に、ヘンゼルの側に座りました。
 「……家に帰ったらどうする?」
 「その時に考えるよ、正直言って家に帰りたくないけど、僕達の家はあそこしかないからね」
 「もう一つ家があったら良いのに、食べ物にも困らなくて綺麗な服もあって、お兄ちゃんとお父さんとわたしが幸せに暮らしているの、誕生日パーティを開いてお祝いするんだ」
 グレーテルはヘンゼルの手を握りながら言いました。
 「そうなったらずっと幸せだよね」
 兄妹は幸せな空想にふけっていると、いつの間にか夢の世界へと旅立ってしまいました。
 そこでの兄妹は、父子三人で笑いが絶えず、不幸とは程遠い暖かい世界でした。
 
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