「お待たせ」
晴香は花束を電信柱に置き、静かに語り掛けた。
晴香がいるのは、人がよく通る通路だった。
「来るのが、遅くなってごめんね」
晴香は謝った。三月中旬のため、風がまだ冷たい。
二年前のこの日、晴香の親友・美里が交通事故で亡くなったのだ。
しかも晴香をかばう形で、美里が車に跳ねられ、病院に搬送されるも間もなく息を引き取ったのだ。
美里は誰よりも友達思いで、自分のことを犠牲にして、晴香を助ける形で命を落とした。
「……今日さ、美里に報告しに来たの」
立ち上がって、晴香は話した。例え目に見えなくてもこの場に美里がいると信じて。
「私ね、大学に受かって引っ越す事になったの、将来医師になるために」
晴香は胸に手を当てて笑う。
大学に進学するために、慣れ親しんだ土地を離れ、一人暮らしをすることになったのだ。
「美里が私を助けてくれたように、私も苦しんでいる人を助けたいと思ったの、単純な理由だけど、私は頑張るって決めたの」
医師になるためには、幾多の困難が待っているに違いないが。
晴香は挫ける気はない。
美里が救ってくれた命を、無駄にしたくなかった。
「今まで来られなかったのも、大学に行くために勉強してきたからなの」
友の死に、深い悲しみを抱いていた。一時期は本気で死にたいとさえ思った。
この道を歩いていなければ、美里は死なずに済んだかもしれないという罪悪感に駆られた。
事故の日は、いつも通る道が工事中のため、やむ得ず違う道を歩くことになったのだ。
遠回りでも帰れるが、美里が早く帰りたいと言うので、ここを通り事故に遭遇したのである。
もし無理にでも引き止めていたら、事故に遭わなかったし、美里と一緒に卒業できただろう。
考えるだけで、今でも心が痛む。
こうして新しい人生を切り開くまでに立ち直れたのも、周囲の励ましのお陰だ。
進路を決める時期に入り、そこで医学部の存在を知り、必死に勉強をして大学に合格したのである。
全ては亡くなった友のために。
友に変わった姿を見せるために、この日が訪れるまでここには来なかった。
晴香は空を見上げる。空は清々しい青色。
「私……これからも美里の分も頑張るね」
晴香は寂しげな表情を浮かべた。もう美里に会えないが、生きていかなければいけない。
自ら死を選んだら、美里は悲しむだろう。
その時だった。強い風が吹き、花束の花びらが宙を舞う。
春香が選んだ桃、黄色、赤、色とりどりの花びらだ。
晴香は花びらが飛んでいく方角に目を向けると、地面には一輪の花が咲いていた。
深い紫色の花、スミレである。
「きれい……」
晴香は呟く。
スミレは晴香が住んでいる家にも咲いているが、ここで咲いているスミレの方が輝いて見えた。
もしかしたら、このスミレは美里が生まれ変わった姿なのかもしれない。
この場所ならば、可能性はある。
風が吹いたのも、友達の晴香に見せたかったのかもしれない。
『私なら大丈夫よ、晴香は前向きに努力しなよ! 応援してるわ!』
そんな声が聞こえてきそうだったし、美里が笑っている表情が頭に再生した。
「頑張るよ、私」
晴香はもう一度同じ事を言った。友に誓うように。
「また来るね、今度は医者になってからね」
晴香はすっきりした気分で、家へと帰っていった。

美里、私はちゃんとやるわ
だから見守っててね。

本作品はものかき交流同盟春祭り2010に出展しました。

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