僕は妹の沙希と一緒に、花火を見ていた。
燈色の花が空を照らす度に、沙希は瞳を輝かせて大はしゃぎする。
「わぁ、花火綺麗だね」
可愛らしい笑みを浮かべ、沙希は僕を見上げる。
「うん、そうだね」
僕は無理矢理笑みを作り、沙希に心配をかけないように振舞う。
沙希の笑顔を見るたび僕の胸はちくりと痛む。
もうすぐ僕と沙希は離れなければならない、原因は両親の離婚だ。僕は父さんに沙希は母さんに引き取られる。
こうして沙希と毎日一緒に過ごすこともできなくなるのだ。
「たーまやー!」
沙希は飛び跳ねて、大きな花火に向って叫ぶ。
沙希はまだ良く分かっていない。僕と毎日過ごせなくなることも。遊べなくなることも。両親の都合で家族がバラバラになることも……
「兄ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」
沙希が心配そうな目で僕を眺めていた。この時になって僕は無意識のうちに涙を流していることに気付いた。道理で花火がぼやけて見えるわけだ。
僕は涙を拭いながら沙希に言った。
「どこも悪くないよ、兄ちゃんは元気だよ」
だが、沙希は僕の空元気を見抜いていたようで、表情を曇らせる。
花火の色が沙希の不安げな顔を写す。
「うそ、ここに来るまで全然元気が無いよ、うそはいけないんだよ!」
沙希は口を尖らせて怒った。沙希は僕が元気が無いのを察していたが、花火に夢中になって話さなかった。
しかし僕が涙を流したことにより、沙希の不安が大きくなり、こうして僕に問い詰めてきたのだ。沙希は些細な変化に過敏。
「もしかして沙希と離れて暮らすから?」
沙希の質問に僕は言葉を詰まらせる。図星だからだ。
ずっと沙希と一緒にいたい。なのに大人の勝手な都合で叶わなくなる。月に一回会えても、会えない間はひとりぽっち。
学校も、住む場所も変わる。沙希は生まれつき体が弱いから、それが原因で同級生に虐められたりしないか心配だ。
一学期まで通っていた学校で沙希は同級生の心無い言葉によって傷つき、学校から帰って来るなり涙を流して「もう学校に行きたくない!」と僕にしがみついてきたのだ。
それも毎日。
僕は沙希と同じ背の高さに身を屈め、沙希の小さな体を抱きしめる。
「僕は沙希と離れたく無いよ、ずっと一緒にいたいんだ」
「兄ちゃん……」
決まったことだから、どうにもならないと分かっていた。でも分かりたくなんか無い。
どうして僕たち兄妹が離れないといけないんだ? 大人は勝手だ。
僕たちの気持ちも考えないで、家族が離れて暮らすなんて……
大人なんか嫌いだ。大嫌いだ。花火みたいに消え去ってしまえばいいのに。
沙希は小さな手で僕の頭を撫でた。僕を慰めるために。
「沙希だって兄ちゃんと離れて暮らすのイヤだよ」
「沙希……」
「でも、会おうと思えばまた会えるんだよね? 新しい兄ちゃん家は遠いけど」
僕は小さく頷いた。父さんは僕と沙希が会うことに対し、禁止命令を出していない
しかし、僕の新しい家と沙希の家とかなりの距離がある。沙希が一人で僕に会いに来るには長い道のりだ。
「学校でまた酷いことを言われても、僕は側にいないんだぞ」
「へっちゃらだよ! 今度の学校では友達を沢山作っていじめっ子なんかやっつけてやるんだから!」
沙希は右手を握り締め、力強く言った。
辛い経験を教訓にして、前向きに生きようとしている沙希が大人に見える。
あれだけ嫌な思いをしたのに、いや……したからこそ今度は自分の手で幸せを掴みたいんだ。いつの間に、そんなに強くなったんだろう。
「母さんの言うことだってちゃんと聞くし、勉強も頑張るよ、もう兄ちゃんに心配はぜーったいさせない!」
「強がるのも良いけどほどほどにしろよな、母さんを困らせるぞ」
「分かってるよ!」
僕は沙希の体をそっと離し、沙希の頭を軽く叩く。
頼もしい沙希を見ていると、僕の中にあった不安が和らいだ。沙希なりに現実を受け止めようとしているのに、僕がこんなに弱いのは情けない。
沙希が分かっていないと思ったのは僕の思い込みなんだ。
「見て兄ちゃん、大きいのが来るよ!」
沙希が指を差す方向に、僕は目線を移す。
重い地響きがしたと思えば、見た中で一番大きな花火が空を彩る。
燈色の光の群れが一瞬で儚く消えた。
「来年もまた花火見にこようね」
「勿論だよ」
僕は沙希の柔らかな手を握る。沙希は僕を見上げ微笑む。
僕も吊られて口元を緩めた。
来年も沙希と一緒に花火を見たい。
その時は、どれだけ沙希が大きくなっているのか楽しみだ。
僕は今年の花火を決して忘れない。
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