―――あたしは学校が好きだった。明日が待ち遠しくなる位に。
昨日見たドラマやテレビのことを話したり。
勉強が憂鬱だ。テストが嫌だなどの不安をこぼしたり。
他のクラスにいる気になる子のことを言う。
そんな他愛の無いことがあたしにとって大切だった。
笑顔が絶えず。いつでも心の中は暖かい気持ちで潤っていた。
ずっと
ずっと続いて欲しいと思った。
できるなら、卒業式までこの時間が続いて欲しいと思っていた。

でも、神様はあたしから楽しみを奪った。
しかも残酷な形で……


 



 腹部に強烈な蹴りが食い込み、あたしは壁に叩きつけられた。
 あたしは痛さのあまり、身を屈め、腹を押さえる。
 
 「こいつ、まだ動けるのかよ……図太いなぁ」

 あたしの前には、女子が立ち塞がっている。
 ……あたしを虐めている子達だ。
  
 「あんたの顔を見るだけでイライラするっ!」
 「ばーか! 死ね!」

 二人の女子があたしに暴言を投げかけた。
 あたしの心は重く、とても痛んだ。
 心の中は冷め切ってしまい、暖かさの欠片も無い。

 悲しいはずなのに涙すら出ない。
 「悲しい」という感情が、どこかに飛んでいったようだ。

 「二度と学校に来るなよ! 羽田菌!」
 
 その直後だった。あたしの全身に冷たい水が降り注ぐ。
 制服も、髪の毛も、そして肌もずぶ濡れになる。
 女子達があたしの不幸な様を見て、全員で大笑いした。

 「泥棒猫なんかこのクラスにいる必要は無い! さっさと死ね!」
 
 そう言うと、女の子はあたしに黒板消しを投げつけた。
 この言葉を聞くのは何度目だろう……? 有りすぎて忘れちゃった。
 あたし何度も言ったのに、あたしの机の近くに落ちていただけで盗んでいないって。
 でも「お前が盗んだ」って言い張って聞いてくれなかった。
 「羽田美沙が泥棒」という濡れ衣を着せらたことがきっかけで、虐めのスイッチが入った。
 あたしは盗んでいないと真実を言うが、皆はあたしの言葉を聞き入れてくれない。
 あたしが言葉を発しても、今のような仕打ちが襲い掛かる。
 何をやっても無駄なんだ。

 もう……嫌だ。
 
 惨めな状況を一秒でも早く抜けるために、あたしは一人の子を突き飛ばし、放課後の教室から逃げ出した。
  
 「何するんだ!クソ美沙!」
 「今度会ったぶっ殺してやる!」

 罵声が飛ぶが構わない。こうして逃げられたのだから。
 あたしはひたすらに走った。 
 学校が見えなくなるのならばどこでも構わなかった。あたしを傷つける場所など見たくない。

 上履きが水浸しで気持ち悪い。制服も水を吸って重い。
 だけど、後ろから虐めている子達が追いかけてくると思うだけで怖くて
 あたしは足を止められなかった。

 恐怖と苦痛から解放された安堵感が心の中にこみ上げ
 あたしの両目から涙が溢れ出した。
 だが……これは一時的にしか過ぎない。明日も続く。
 学校が怖い、明日は何をされるか分からないからだ。
   
 本当ならば学校なんか行きたくない。
 部屋の中に引きこもりたい。
 カーテンを閉め切って、ベットの中でずっと身を隠していたいんだ。
 学校を卒業する間ずっと。
 でも、親は勉強が遅れると言って休むのを許してくれない。
 だから仕方なく学校へ行っても、虐めを受ける。

 いつになったら灰色の日々は終わるの?
 皆と他愛も無い話を交わせる日がくるの?
 全ては不透明のままだ。
 
 先の見えない不安に、あたしの心は一杯だった。
 
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