空は灰色の雲が覆い、冷たい風が吹く
悪天候の中、スピカは単身でハンスが眠る墓地に来ていた。
「ハンス、久しぶりね」
スピカは小さく笑った。ハンスが他界してから五年の月日が流れたが、悲しみが癒えることはない。
白い小包を開き、スピカは墓前に花束と金色のイヤリングを添え、もう一つのイヤリングを左耳につけた。
「これはクリスマスのプレゼントよ、向こうでつけてね」
スピカは静かに語った。年に数回は帰り、必ずハンスの墓参りをしていくのだ。そしてハンスに近況を報告する。
スピカは地面に座る。
「闇の集団に関わる組織を潰して、大勢の人を逮捕したわ、肝心の本拠地の情報は分からないけどね」
スピカは寂しげな表情を浮かべた。アメリアを失った上に、本拠地だと思われた場所は外れだったのだ。例え外れだったとしても手がかりが残っていれば良いのだが、それすらない。
こうした徒労は少なくない。
これも闇の集団を潰すのに必要な試練だと割り切っている。
「ごめんね、あれだけ大口を叩いておきながら目標を達成できなくて……」
スピカは目を伏せた。ハンスに「闇の集団を潰す」と五年前に約束したのだが、叶えられずにいる。
組織を潰しただけでも十分な進歩なのは分かっている。
そのお陰で、組織に苦しめられている人々が救われたのは事実だが、思うようにならない現実に焦りを抱いている。
「……あなたが生きていたら、何て言うかな」
「そんなに慌てんなよ、姉ちゃん、焦って行動してもいい結果は出ないよ」
陽気な声が響き、スピカは後ろを向く。
茶色い髪の青年アディスが立っていた。アディスは足早に歩き「これを飲まなきゃクリスマスじゃないよな」と囁いて、ハンスの墓にシャンパンをかけた。
スピカはアディスの様子を眺めた。彼は現在城の兵士をしている。仕事は決して楽では無いが、逃げずに頑張っている。
仕事の厳しさを物語るように、彼の体格は前に見たよりずっと痩せていた。
「アディス……」
「スッピーは思い詰めすぎだよ、もう少し肩の力を抜かなきゃな、何かあったらハンスが悲しむぞ」
空になった瓶を持ったまま、アディスは複雑な表情をしていた。
「わたし、そんなに酷い顔をしてる?」
「してるさ、パーティーの時からそう思った。エレちゃんも黙ってはいるけど心配してるぞ」
スピカは両頬に手を当てた。
仲間に指摘され、スピカは自分の状態を初めて知る。
昨日はスピカは仲間と一緒に一足早いクリスマスパーティーをしていた。ちなみにエレンはお酒の飲みすぎによって寝込んでいる。
「アディスも変わったわね、仕事の方はどうなの?」
アディスは視線を反らし、苦笑いを見せた。
彼の顔はどこか辛そう。
「まあ、そこそこかな、入って二年経つけど、覚えないといけない事が沢山あって弱音なんて吐いてらんない」
「そう……」
スピカはそれ以上聞けなかった。
アディスの顔を見る限り聞いてはいけないと思ったからだ。
「気長に頑張れよ、スッピーになら成し遂げられるって」
アディスはスピカの肩を軽く叩いた。 明るいムードメーカーな部分は相変わらずなので安心した。
自分だけではない、アディスも歯を食いしばって日々を生きている。寝込んでいるエレンも、上下関係に挟まれつつも頑張っている。
一人一人が問題を抱えているのだ。
アディスの気遣いに、スピカは嬉しい気持ちになった。
スピカは立ち上がり、アディスに笑いかけた。
「有難う、アディス」
スピカは礼の言葉を述べる。
完全に焦りは消えたわけでは無いが、彼の会話のお陰で大分和らいだ。
スピカはアディスと共に帰路についた。
一方エレンは、二日酔いに良く効く薬草を煎じたお茶を飲んでいた。
彼女の顔色は青く、体調も優れない。
「遅いわね……」
カップを口から離し、エレンは窓の外を眺めた。
「まあ、たまには羽を伸ばすのも良いけど」
お茶を飲みきり、エレンはベットの中に潜り込んだ。
長い休みでは無いが、こうしてくつろげる時間が有るのも貴重である。
エレンにとっても、二人の仲間にとっても。
クリスマスはゆっくりと時間が過ぎていくのだった。
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