「ラフィ!」
リンは叫び、セイアッド達と共にラフィアの側に駆け付ける。
「酷い……」
リンは表情を歪める。
ラフィアの体は傷だらけで、見ているだけで辛い気分になった。
「すぐにラフィアさんの治療をしましょう」
セイアッドは顔色一つ変えずに冷静に言った。
「班長、ラフィアさん何か持ってます」
男天使の一人がラフィアの両腕に指を差す。
セイアッドは身を屈め、ラフィアが抱えているものに目を向ける。
リンはセイアッドの隣に立った。
「袋……みたいだね」
セイアッドはラフィアの耳元に「ごめんね」と一声かけ、ラフィアの両腕をそっと動かし、抱えていた袋をセイアッドの手に持った。
「ラフィアさんの様子を見る限り、とても大切なものだね。袋には傷一つついてないから」
「僕に持たせてくれませんか? ラフィアもそれを望んでいるはずです」
「じゃあ、リン君、この袋はちゃんと持っててね。治療と同じくらい重要な任務を君に任せるよ」
セイアッドは言うと、リンに袋を手渡した。
「この袋は何が何でも守ります。ラフィアが守ったように」
リンは袋を両手に抱え、言葉に熱を込める。
ラフィアの想いを守りたいからだ。
「いい心がけね」
セイアッドは他の天使に一帯に護衛の呪文をかけてもらうことをお願いした。
天使達は囲うように立ち、黄色いバリアを張った。あらゆる攻撃から守ってくれるので、安心して治療が行える。
「癒しの光よ、この者に安らぎを与えよ!」
セイアッドが両手から治癒の光を出して、ラフィアに当てた。ラフィアの体についた傷はみるみると塞がっていった。
幼馴染みが癒えていくのに安心した矢先だった。視線を感じ、リンは空を見上げる。
黒い羽根に、薄緑色の髪の少年がこちらを見ていた。
「黒天使……」
「おい、どうした」
リンは視線を男天使の方に向き直す。
「今黒天使が僕を見ていたんです」
「そいつはきっと、ハザック隊長が戦っている黒天使を見に来たんだな、黒天使は仲間意識が強い所があるからな」
リンは再び空を見上げるが、黒天使はいなくなっていた。
「防御班が結界を張ってるから大丈夫、入ってこられないよ」
セイアッドは安心させるように言った。
「ラフィアさんの治癒は終わったよ、異常呪文にもかかってないから良かったわ」
「そうですね」
異常呪文には色んな種類がある。毒、痺れ、暗闇、石化等があり、かかるとかなり苦しいらしい。
「ただ、ラフィアさんが気絶したままなのは心配だから病院に運んで医師に見てもらいましょう、ホルドさん担架の準備を手伝ってくれる?」
セイアッドは護衛の呪文を張っている女天使のホルドに声をかけた。ホルドは手を止めてセイアッドと共に担架を組み立てた。そしてラフィアを二人で担架に乗せる。
セイアッドは護衛の呪文をかけている四人に呪文解除を指示した。
「みんな、協力有難う、これから病院にラフィアさんを搬送します」
セイアッドは心を込めて言った。ハザックが黒天使と刃を交える音とは対照的に暖かな空気が流れる。
セイアッドはポケットから移動呪文の力がこもった駒を出して言葉を紡ぐ。
「我らを天界の病院に移せ!」

リンの前にはベッドでラフィアが眠っている。
「近い内に目が覚めるから良かったわね」
リンの隣にいるセイアッドは言った。医師の診察によると、ラフィアは身体中に受けた痛みから精神を守るために気絶していて、目を覚ますのは二~三日くらいかかるという。
セイアッドを除く医療班は治安部隊の本拠地に帰還した。セイアッドはここに来るリンの母親に説明するために残っているのだ。
「ええ……」
リンが言うと、病室の扉が開かれ、母親が入ってきた。
「ラフィ!」
母親は不安げな表情を浮かべ、ラフィアの眠る顔を見つめた。
「あの、ラフィアさんのお母さんですか?」
セイアッドは母親に声をかける。母親はゆっくりと振り向いた。
「そうです……ラフィが病院に運ばれたって聞きましたから……」
「初めまして、私は特殊部隊で医療班の班長をしています。セイアッドと申します。ラフィアさんの容態について説明しますね」
母親はセイアッドの両腕を掴む。
「ラフィは……大丈夫なんですか? 死んだりしませんよね?」
「母さん、落ち着いてよ、セイアッドさんは今から説明するって言ったじゃないか」
リンは宥めるような口調になった。母親は別の所で暮らしているユラが足を骨折した時も不安を隠しきれない様子になり、今回はラフィアが負傷し、眠ったままなので余計に不安なのだ。
子供のことになると、リンの母親は取り乱してしまうのだ。
母親はリンに目を向けた。リンが家で着ていた服とは違っていることに気づいた。
「リン、何なのその格好は……あなたまさか……」
「リン君のことも含めて説明しますよ」
セイアッドは言った。そしてゆっくりと事の詳細を話し始めた。ラフィアが地上に行き黒天使に襲われて怪我をした。リンはラフィアを救出するために特殊部隊に一時的に加わった。ラフィアの怪我は特殊部隊が治癒し、医師の判断では二~三日には目を覚ます。
説明が終わり、母親は色んな感情が入り混ざった複雑な表情を浮かべた。
「そう……ですか、ラフィは目を覚ますんですね」
「はい、その辺は医師も断言していましたので大丈夫ですよ」
「良かった……」
母親はその場に座り込んで、涙を流した。
リンは身を屈めた。リンが持っていたクッキー入りの袋は治安部隊が回収してしまったので、今は母親を慰めるために肩をそっと抱く。
「ラフィが目を覚ますのを信じて待とう」
リンは優しく言った。緊張が解れ無意識にラフィアのことを愛称で呼んだ。
母親はリンの顔を見て、溜まっていた涙を拭う。
「リン……あなたは何て無茶なことをしたの、しかも特殊部隊の人にまで迷惑をかけて……」
「その事については悪いと思ってるよ、でもラフィを助ける手伝いをしたかったんだ」
リンは熱く語る。
「お母さん、リン君はよくやってくれましたよ、ラフィアさん救出に必要な役割を果たしましたよ」
セイアッドはリンと母親と同じ姿勢になって、助け船を出した。
「いや……僕は荷物を持っていただけですよ」
「ううん、十分活躍したよ」
セイアッドは腰に携えている小さなポシェットから十字架のブローチを出した。
「はいリン君、こんな姿勢だけど君にこれをあげる。医療班の隊員の証だよ」
「いえ……そんな大切なものはもらえませんよ」
リンは手を横に振って断った。
「遠慮しなくて良いから、リン君が十八歳になって特殊部隊の医療班のことを思い出してくれれば嬉しいな」
天界では十八歳で成人とされ、どんな仕事に就くのか決めなければならない。勉学に励む道もあるが、大半の天使は職に就いている。
リンはまだどんな仕事をするかは決めかねてるが、医療班に入隊というのも一理はある。
ただしリンはまだ十三歳なので、あと五年は待たないといけないが。
「僕が十八歳になるまでに考えておきます」
「前向きに考えておいてね。リン君」
リンはセイアッドからブローチを受け取った。

それから、セイアッドは仕事が残っているとのことでリンと母親に挨拶を済ませて病室を後にした。
リンは母親と、ラフィアの看病をした。


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