二階にある更衣室で、リンは白いローブに、水色のズボンという服装になった。
リンは更衣室から出て、待っているネージュに声をかける。
「着替えましたよ」
ネージュはリンを見て「まぁ……」と言葉をもらした。
「似合ってるじゃない、長すぎるとかそういうのはない?」
ネージュに訊かれ、リンは体を動かしてみた。白いローブの下には白い長袖を着ているが体に合っており、ズボンも同様だった。
「問題無いです」
「なら良かったわ、じゃあ最後にテストさせてね」
ネージュは両方の羽根と手を大きく広げた。手からは無数の雪が渦を巻く。
「ネージュ……さん?」
突然のことにリンは思わず後退りする。どう見てもネージュが自分を攻撃するとしか思えない。
「じっとしててね、リン君」
ネージュは低い声で言った。
「何するんですか?」
「こうするのよ!」
ネージュは両手をリンに向ける。
雪の乱舞がリン目掛けて飛んできた。雪玉が直撃すると思いきや、ローブが光だして雪玉の軍団はリンを回避し、壁や廊下に当たった。最後に残った一玉すらリンに当たることは無かった。
「ローブにかかっている護衛の呪文に問題は無いわね」
両手を下ろし、ネージュは言った。
「びっくりした……」
ネージュはリンに近寄る。
「驚かせてごめんね、呪文の効果を確認するためだったの」
「凄いですね、このローブ」
リンは白いローブに目をやった。ネージュの吹雪からリンを守ってくれたからだ。
ちなみにリンに当たるはずだった吹雪は廊下や壁に穴を開け、破壊力を物語っている。
「そうでしょう、実戦訓練の時に使うのよ、それより一階に急ぎましょう」
「そうですね」
リンはネージュと一緒に走り出した。

一階の玄関には、髪が肩までの長さまで伸ばし、胸に十字架のブローチをつけた女性が一人で待っていた。
二人に気づき、女性はゆっくりと近づいて来る。
「ぎりぎりセーフだね」
「ごめんなさい、ローブのテストをしてたから」
ネージュは申し訳なさそうに女性に言った。
女性はリンの顔を見た。
「君がハザック隊長が言ってた見習い君だね」
「はい、リンと言います」
「私はセイアッド、特殊部隊で医療班の班長をしてるわ、宜しくねリン君」
セイアッドは手を伸ばし握手を求めてきた。リンはセイアッドの手に自分の手を重ねる。
「宜しくお願いします!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、リラックスしてね」
セイアッドは包み込むような優しい声で言った。
「リン君のことは私が引き継ぐから、ネージュさんは業務に戻ってね」
「分かったわ、リン君気を付けてね」
「はい、ネージュさん色々と有難うございました」
リンはネージュに礼を述べた。ネージュはリンに手を振って去っていった。
セイアッドは馬の駒を出した。
「それは?」
「移動用の駒だよ、皆は他の場所にいるからね、手を駒の上に乗せて」
「分かりました」
リンは駒の上に手を乗せる。
「駒よ、同胞の元に我らを導け!」
セイアッドは呪文を叫んだ。駒が黄色く光り、左に引っ張られる感じがした。
リンはセイアッドと黄色い渦の中に落ちていった。
「これ……何ですか?」
「移動呪文の一種だよ、怖がらなくても平気だよ」
セイアッドは言った。
「ネージュさん、君に雪をぶつけて来なかった?」
「え、あっ……確かにぶつけてきました。いきなりの事でびっくりしましたけど」
リンは先程のネージュの行いを思い返した。普段のネージュと打って変わり、攻撃を仕掛ける彼女は怖く感じた。
「ネージュさんは、ああ見えて元・特殊部隊の人なの」
「そうなんですか?」
意外な事実にリンは声が高くなった。
「黒天使を倒すというよりかは、黒天使を足止めしたり、皆を守ったりする方が主な役割だったけどね、訳あって特殊部隊から退いて今は捜索課に異動したんだ。
ハザック隊長も、ネージュさんを認めてたから、去ったときは少しの間元気を無くしてたよ」
「あの、さっきから気になっていたんですけど、ハザックさんの呼び方……」
リンは疑問を口にした。セイアッドはネージュの話を止めた。
「任務の時はハザック隊長って呼んでるの、覚えておいてね」
セイアッドの声はまろさかさの中にも真剣さが混ざっていた。
ちゃんとした呼び方をしないと叱られるかもしれない。
「あと、君が入るのは私のいる医療班だから、他にも特攻班、防御班があるけどね
特攻班はハザック隊長や他の隊員が黒天使を倒す役割をする。防御班は黒天使を寄せ付けないように結界を張る。そして君や私の医療班は怪我人を治療するの」
「癒しの呪文だけでは、済まないですよね」
黒天使は身体に影響を与える異常呪文を使用する上に、癒しの呪文が効かないのを思い出した。
「そうなるかもね、詳しくは現場に行ってから分かると思うよ」
黄色い渦を抜けると、リンとセイアッドは天使が集まる薄暗い空間に着いた。
「ここは?」
リンは小声で訊ねる。
「ミーティングを行う場所だよ、ついてきて」
リンはセイアッドと共に前に進んだ。天使達の目が注がれる。場違いな見習い天使がいるのだから無理もない。視線を感じつつ、一番前にいるハザックの元に辿り着いた。
「ハザック隊長、医療班班長セイアッドと見習い天使のリンが到着しました」
セイアッドはハザックに敬礼のポーズをとる。
「ご苦労だったな」
ハザックはセイアッドに労いの言葉をかける。
「全員揃った所で、お前達に紹介したい天使がいる」
ハザックはリンに「来い」と短く言った。リンはハザックの隣に立つ。
「こいつはリンと言う、見ての通りまだ見習いで子供だ。しかしこいつの根性と少女を救いたいと言う気持ちを見込んで今日限定だが、医療班に加わることになった」
「リンです。宜しくお願いします」
リンは大勢の天使の前で頭を下げた。
「あの、質問があります」
男天使が手を上げる。
「何で医療班なんですか?」
ハザックはリンの肩を軽く叩いた。
「さっきも言ったように、リンは子供だ。特攻班や防御班は危険が大きいからな
至らない部分もあるかもしれないが、長い目で見てやってくれ」
ハザックはリンの紹介を終え、本題に移る。
「今回の作戦は、会議室でもあったように、ブルネット街で見習い天使の少女の通報があった」
ハザックの右側にいる切れ目の女天使が水晶玉を操作した。ラフィアの顔が大きく出てきた。
「少女の名前はラフィア、今は一体の黒天使に襲われ非常に危険な状態にいる。
俺と、オルビス、アズラーイが先に行って黒天使の動きを止める。次は防御班が結界を張る。これは黒天使が逃走と新しい黒天使の侵入を防ぐ意味がある。
最後は医療班が動いてラフィアの保護と場合によっては治療を行ってくれ」
ハザックの話の直後に、一同は「了解」と威勢の良い声で言った。
リンは見ているだけだったが、皆から熱意を感じる。
「リン君、医療班の所に行こう」
「え、ええ」
リンはセイアッドに連れられ、五人組が並んでいる所に向かった。五人の胸にはセイアッドが付けていた十字架のブローチがついている。そこが医療班のようだ。
「よし、最初は俺達が行く、指示があるまでお前達はここで待機だ」
ハザックは二人の男天使と黄色い光に包まれて消えた。三人がいた場所は白い光が宙に浮いている。
「どうやって指示が出たって分かるんですか?」
「見てれば分かるよ」
セイアッドの言葉の意味はすぐに分かった。白い光から盾の印が現れ、五人の防御班が動き出した。
「あの光から指示が出るんですね」
「そうだよ」
防御班が黄色い光に包まれてから約二分後に十字架の印が現れた。リンが動く番である。
「私たちの出番だね。行こう」
「はい!」
リンは気合いを入れて言った。
医療班は白い光に近づき、セイアッドが手を伸ばし、他の五人も手を伸ばす。
リンも見まねで同じ仕草をした。
白い光が全員を包み、次の瞬間にはハザックが黒天使と戦っている姿や、倒れているラフィアが視界に入った。


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