リンは治安部隊の建物の扉を潜り、受付カウンターにいる眼鏡の女性の前に立つ。
「すみません、天使の捜索をお願いしたいんですけど」
「捜索ですか?」
女性は眼鏡を動かし、リンをまじまじと見つめる。
「失礼ですけど、あなたの名前と年齢は」
「リンと言います。年は十三才です」
リンははきはきと答えた。
「誰を捜索するんですか?」
女性に訊かれ、リンはポケットから写真を出した。
写真には青毛の女の子が写っている。
「この子です。名前はラフィアと言います。年は僕と同じ十三才です」
「ラフィアさんですね。今捜索課の天使に繋ぎますので、お待ち下さいね」
「お願いします」
女性は水晶を操作して耳に当てる。間もなく捜索課の天使と繋がり、女性は話し始めた。
リンの名前と年齢や、探す相手の名前なども伝えられる。
水晶を下ろし、女性はリンを見た。
「今、捜索課の天使がこちらに来ます」
女性が言ってから二分くらいで、結った黒髪を左肩に乗せた女性がリンの前に現れた。
「久しぶりね、リン君」
「ネージュさん……」
女性はリンの家族が世話になった天使だった。

リンはネージュと共に、四階の取調室に向かい、そこで話が始まった。
「あの、父の件でお世話になりました」
リンはネージュに頭を下げる。
一ヶ月前、別の所で弟と暮らしている父が、私物を無くしてしまい、ネージュに見つけてもらったのだ。
「いえ、私は当たり前のことをしたまでよ。お父さんは元気?」
「はい」
「それは良かった」
ネージュは少し笑うと、表情を引き締めた。
「今回はラフィアさんを探して欲しいの?」
「そうです。今日はハロウィンなのは知ってますよね」
「知ってるけど、それが関係ある?」
「あるんです。ラフィアはハロウィンの日は必ず地上に行くんです。人間の女性に会うために」
「今、治安部隊は人間界に行く扉を規制していて、許可証がないと通れないようにしてるのよ、ラフィアさんは許可証を発行してないわよね」
「してません」
子供でも複数で行くことや、黒天使が多く生息する危険地帯に近づかないことを条件付きで一応は行ける。
ただし、未成年が許可証を取得するのには親の印が必要である。
「僕の家の現状を考えると、ラフィアが母に許可証の相談をしないと思うんです」
「何かあったの?」
言うか言わないか悩んだが、ラフィアのためだと思い、リンは口を開いた。
「実はですね。母は仕事で忙しくて毎日疲れて帰ってくるんです。ラフィアもそれを知って、母の肩をたたいてあげたり、疲れがとれる紅茶を出したりするんです」
「優しいのね」
ネージュは穏やかに言うと、リンは「ええ」と答える。
ラフィアは自分より誰かのことを優先する少女なのだ。
「疲れている母の状態を見るとラフィアは許可証のことを言えないと思います」
ラフィアは人間の女性に会うために地上へ行きたかったが、母を見て言うに言えなかった。
地上は黒天使が活動していて危険だし。心配をかける上に反対されるのが分かっていたからだ。
「なるほどね……」
「もしかしたら、荷物に紛れて地上に行った可能性もあると思うんです」
「荷物に?」
天界は人間界に一日に三回ほど物資を運んでいるのだ。
地上にいる天使や人間に。
「ラフィアは物を別の生き物にしたり、物を作り出したりする呪文が得意なんです。
自分を物にして、人間界に持っていってもらったということも考えられます」
天使が習う呪文の中には、生物を別の生物にしたり、物を作る等の呪文がある。
リンも実際に使えるが、ラフィアより上手く使えない。
「リン君、前にも同じような手段で、天界に行った天使が行ったことから荷物検査も強化されたのは知ってるよね」
「はい、知ってます」
検査は細かくなり、容易なことで荷物に紛れて天界を出ることが難しくなった。
「でも、ラフィアは検査強化を想定して準備したんだと思います。元にラフィアの部屋に力消しの薬草がありましたから」
力消しの薬草は呪文の力を消したい時に使う。
「それ……悪用を防ぐために普通では買えないはずよね」
「ラフィアの友人が渡したんだと思います。その友人は花や草を育てているんです」
一般では買えなくても、授業や部活目的なら申請して買うことができるのだ。
「つまり、リン君はこう言いたいの? ラフィアさんは力消しの薬草を飲み込んでから、物変化の呪文を使い、荷物になって天界を出たと」
「そうなりますね」
リンはネージュの推理に納得した。
「リン君の言い分が当たっていたら、お友達にも話を聞かないと駄目ね」
「ですね」
「怪しい荷物がなかったか一応調べてみるわね。ラフィアさんがどこにいったか心当たりはある?」
「えっと、クレール村です。ラフィアが会いたい女性はそこにいます」
ネージュは下を向いて持参していた水晶を指で動かして連絡した。今日出荷した荷物のことを聞いた。
ほどなくして、連絡を終える。
「リン君、あなたの推理は当たってるかもしれないわね」
ネージュは深刻そうな顔をする。
「クレール村の近くで、うさぎの置物を届けたって話があったわ、住所も正確だったから特に気にはしてなかったみたい。ラフィアさんが家を出てからどれくらい経つ?」
「二時間くらいです」
リンが言った直後だった。騒がしい音が鳴り響く。
あまりに大きな音に、リンは困惑した顔つきになった。


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