ラフィアは上機嫌で空を飛んでいた。
「早くファルナさんのクッキーを食べさせたいな」
ファルナから貰ったクッキーは持参していたストライプの袋に入れ、ラフィアの腰に付けていた。可愛い外観に似合わず黒天使の攻撃にも耐える優れものである。
「黙って天界から出たことがバレたら、お母さんやリン君は怒るかも……」
ラフィアは帰ることが少々怖くなった。最近の天界は黒天使が活動的で危険だということで、天使は天界の外に許可なく出ることを禁止している。
万が一発覚したら、天界の治安を守っている治安部隊に厳しく罰せられる。元に破った天使は禁固刑が課せられた。
ラフィアは治安部隊の監視をすり抜けて、天界の外に出たが、本来ならやってはいけないことだ。
ラフィアは頭を振る。
「まだ間に合うから大丈夫だよ、うん、大丈夫」
ラフィアは自分に言い聞かせる。
天界から抜け出して二時間しか経ってないし、「ちょっと外出してくる」と書き置きも残してあるので心配はさせないはずだ。
が、ラフィアの前に立ちふさがるように、黒天使の気配が全身を駆け巡る。
「く……黒天使……」
ラフィアは気配がした方にそっと近づいてみると、黒い羽根に水色の髪の女性が、氷の呪文を放ち人々を襲っていた。
「あっはは! 逃げてごらんなさいよ! のろまな亀たち!」
黒天使の女性は人を襲うことに夢中で、天使のラフィアがいることに気づいていない。
このまま逃げれば、天界に帰れるが、ラフィアは人々を見過ごすことはできなかった。
「やめてーっ!」
ラフィアは黒天使の真横を高速で飛び、黒天使の前に立ちはだかる。
「あら、ワタシの邪魔をしようっていうの?」
「そうだよ、人を襲うなんて許せない!」
ラフィアは怒りを顔に出した。
黒天使は人々の恐怖や不安の表情を見るのが好きで人を襲うという。
下の方から子供の泣き声が響き渡る。
「えーん! お母さーん!」
ラフィアが下を見ると魔女の格好をした女の子が泣きながら歩いていた。
建物にはハロウィンの飾りつけが施されており、この街の人達は黒天使が来るまでハロウィンを楽しんでいたに違いない。
「ちっ、うるさいガキだね!」
黒天使は表情を歪めて女の子目掛け、氷の呪文を打つ。
「危ないっ!」
ラフィアは女の子へ直進した。しかし氷の方が早く、このままでは女の子が氷の餌食になることが明白だった。
「光の衣よ、あらゆる攻撃から身を守れ!」
片手を伸ばし護衛の呪文を詠唱し、女の子に放った。
細い黄色い光が、氷よりも早く飛び、女の子を守る形で光のバリアが覆う。
氷は光のバリアに当たり、バリアは氷と共に消え去った。
「大丈夫?」
ラフィアは女の子の元に駆け寄った。
「う……うん」
ラフィアの問いかけに、涙を目に溜めて女の子は頷く。
バリアのお陰で、女の子に怪我は無さそうだ。
「アナタ見習い天使ね、バリアが弱いわ」
黒天使は地面に降り立った。
その言葉は正しかった。ラフィアは天使でも一人前ではないので力は弱い。
よって黒天使と闘うなど自殺行為に等しい。

二年前に学校の授業の一環で地上に来て自由行動の際に、ファルナを黒天使から守ったのだ。
とは言ってもラフィアは運が良かっただけだった。何故なら黒天使は人間には強気でも、天使には非常に弱気で、ラフィアの炎の呪文を受けただけで退散したからだ。

目の前にいる黒天使は逃げ出す気配は全く無い。
しかしラフィアは退く訳にはいかなかった。この時のラフィアの思考は黒天使に向いていて帰宅とクッキーのことは消え去っていた。
「きみは逃げて、黒天使はわたしが何とかするから」
ラフィアは女の子に言った。
女の子はラフィアに背を向けて走り出した。
「何とかするって、アナタがワタシに勝てると思ってるの?」
「多分……無理だと思う」
ラフィアは悔しそうに口走る。
相手の黒天使の力は自分より遥かに超えていて、倒すどころかかすり傷を与えるのも難しい。
「それでも、人を守りたい気持ちは譲らないよ」
「口だけは立派ね。でも今日で終わりにしてあげる!」
黒天使はラフィア目掛けて、複数の氷の刃を放ってきた。
ラフィアは護衛の呪文を素早く詠唱し、氷の刃をギリギリで回避した。黒天使はさっきより多くの氷の刃を生み、ラフィアに飛ばす。
護衛の呪文では防ぎきれないと感じたラフィアは、体と羽根を俊敏に動かす疾駆の呪文を自らにかけ、足を後ろに蹴る。
四本の氷の刃がラフィアのいた所に刺さり、残りは宙に浮いていた。
軽く飛んだラフィアは羽根をはばたかせ、本格的に宙を飛んだ。氷の刃も追ってきた。
「逃げても無駄よ、アナタを刺すまで追ってくるわ」
黒天使の言葉を背に、ラフィアは腰に携えていた羽根つきの笛を出した。
ガルデの笛と呼ばれるもので、緊急事態の時に使用する。吹くと大きな音を出す。天界にいる治安部隊や、近くにいる治安部隊にも聞こえるのだ。
黒天使には不快な音に聞こえ、人間には無害である。
見習い天使を含めた天使は必ず持ち歩くことになっている。
……怒られるけど、そんな事言ってられないよね。
ラフィアはガルデの笛を口に含み、思いきり吹いた。ラフィアにとっては大きな音が街全体に響き渡る。建物の旗は音の震動で小さく揺れている。
「こざかしい真似を!」
怒りに燃えた黒天使の声がした直後に、黒天使は氷の剣を持ってラフィアの身近に来ていた。
氷の剣はラフィアの右肩に降り下ろされた。
「きゃあっ!」
剣の直撃を受け、痛みのあまりラフィアは羽根をはばたかせるのを止め、地面に落ちた。
「う……痛っ……」
ラフィアは体を丸めた。肩からは血が流れる。
氷の刃もラフィアの頭上に迫り、いつでもラフィアに攻撃しようとしていた。
「ふざけた事をするからよ」
氷の剣を肩にのせて、黒天使は言った。
ガルデの笛が緊急時に限られるのが分かる気がした。黒天使を刺激するからだ。
が、これで天界や近くにいる治安部隊の天使にも救助信号は届いたはずなので、後は助けが来るのを待つだけだ。
黒天使はラフィアの腰についていたストライプの袋に目を向ける。
「あら、何これ」
黒天使は袋に手を伸ばしてきた。
「これは……だめ……」
弱々しい声を出して、ラフィアは袋を両手で抱える。
袋にはファルナから貰ったクッキーが入っている。リンや母親に食べてもらうためにも守りたかった。
黒天使は人差し指を動かし、一本の氷の刃をラフィアの体に刺した。
「ああっ!」
ラフィアは悲鳴を上げる。
「死なないけど痛いわよ?」
「放し……たくない……」
痛みが体に押し寄せても、ラフィアは黒天使に袋を渡すのを拒否した。
黒天使は更に三本の氷の刃をラフィアに刺した。一本はラフィアの左肩に、もう二本は両足という具合だ。
体のあちこちからの苦痛に、ラフィアの目から涙が浮かぶ。
「そこまでしてまで何を守ってるの、いい加減放したら?」
「絶対に……嫌だ……これは……大切なもの……だから……」
ラフィアは苦しそうに言った。
「アナタ、さっきは人を守るとか言っておいて、今はその袋に執着するなんて、言ってること変わってない?」
「どっちも……大切……だよ……人だって……この中に入っているものも……」
人を守る気持ちと、袋のクッキーも同じくらいに大切で選ぶのは難しい。
「何が入ってるのよ」
黒天使は尖り声で言う。
目立つ袋なので、余程気になるのだ。
言おうと思ったが、段々と意識が遠退いてきたため、口を動かすのも辛い。
「入るんなら、お前の棺桶だな」
声がした矢先に、男天使が黒天使に長剣で切りかかっていた。
男天使の一撃を黒天使は氷の剣で受け止める。
男天使に続く形で、複数の天使が現れた。
「天使……」
「ラフィ!」
天使の中にラフィアが最もよく知る少年が混ざっていた。
「リン……く……ん」
ラフィアは少年を見て安心して意識が途絶えた。



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